東京地方裁判所 平成6年(行ウ)8号 判決 1998年5月28日
甲事件原告
日本貨物鉄道株式会社
右代表者代表取締役
金田好生
甲事件原告
北海道旅客鉄道株式会社
右代表者代表取締役
坂本眞一
右両名訴訟代理人弁護士
西迪雄
同
富樫基彦
同
向井千杉
同
富田美栄子
乙事件原告・甲事件被告補助参加人
国鉄労働組合
右代表者中央執行委員長
髙橋義則
乙事件原告・甲事件被告補助参加人
国鉄労働組合札幌地方本部
右代表者執行委員長
寺内寿夫
乙事件原告・甲事件被告補助参加人
国鉄労働組合青函地方本部
右代表者執行委員長
澤田司
乙事件原告・甲事件被告補助参加人
国鉄労働組合旭川地方本部
右代表者執行委員長
酒井直昭
乙事件原告・甲事件被告補助参加人
国鉄労働組合釧路地方本部
右代表者執行委員長
篠原邦征
右五名訴訟代理人弁護士
宮里邦雄
同
岡田和樹
同
後藤徹
同
石井将
同
福田護
同
河村武信
同
佐藤文彦
同
組村新平
同
菅沼文雄
同
山崎英二
同
佐藤正明
同
佐々木広充
同
清水恵一郎
同
上条貞夫
同
内藤隆
同
岡部玲子
同
岩村智文
同
西村隆雄
同
伊藤幹郎
同
岡田尚
同
小島周一
同
滝本太郎
同
中村宏
同
海渡雄一
同
西山正雄
同
大橋昭夫
同
増本雅敏
同
阿部浩基
同
石川元也
同
三上孝孜
同
梅田章二
同
豊川義明
同
関戸一考
同
岩田研二郎
同
杉本吉史
同
石田正也
同
水谷賢
同
井上健三
同
三野秀富
同
服部弘昭
同
下東信三
同
松岡肇
同
田中利美
同
小宮和彦
同
河西龍太郎
同
横山茂樹
同
熊谷悟郎
同
原章夫
同
吉田孝美
同
岡村正淳
同
古田邦夫
同
佐川京子
同
竹中敏彦
同
井之脇寿一
岡田和樹訴訟復代理人弁護士
牛久保秀樹
同
志村新
甲事件被告・乙事件被告
中央労働委員会
右代表者会長
山口俊夫
右指定代理人
山口浩一郎
外四名
甲事件被告補助参加人
杉山均
右訴訟代理人弁護士
宮里邦雄
同
岡田和樹
主文
一 甲事件被告が中労委平成元年(不再)第四号及び第五号事件について、平成五年一二月一五日付けでした命令のうち、主文Ⅰ項の1ないし6及びⅡ項を取り消す。
二 乙事件原告らの訴えを却下する。
三 訴訟費用は、甲事件及び乙事件を通じてこれを一〇分し、その九を甲事件被告・乙事件被告の負担とし、その余を乙事件原告らの負担とし、補助参加によって生じた費用は補助参加人の負担とする。
(当事者の略称)
甲事件原告日本貨物鉄道株式会社「JR貨物」又は「貨物会社」、甲事件原告北海道旅客鉄道株式会社を「JR北海道」又は「北海道旅客会社」といい、これらを合わせて「原告ら」という。
甲事件被告補助参加人・乙事件原告国鉄労働組合を「国労」、甲事件被告補助参加人・乙事件原告国鉄労働組合札幌地方本部を「国労札幌地本」、甲事件被告補助参加人・乙事件原告国鉄労働組合青函地方本部を「国労青函地本」、甲事件被告補助参加人・乙事件原告国鉄労働組合旭川地方本部を「国労旭川地本」、甲事件被告補助参加人・乙事件原告国鉄労働組合釧路地方本部を「国労釧路地本」といい、これらを合わせて「参加人ら」という。
甲事件被告・乙事件被告を「被告」又は「中労委」という。
第一章 請求
一 甲事件
主文と同旨。
二 乙事件
被告が中労委平成元年(不再)第四号乙事件及び第五号事件(初審・北海道地労委昭和六二年(不)第六号事件)について、平成五年一二月一五日付けでした命令(以下「中労委命令」という。)のうち、A、B、C、D、E、F、G、H、I、J、K、Lに関する部分を除いて取り消す。
第二章 事案の概要
本件は、参加人らが、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)の分割民営化に伴い、昭和六二年四月一日に設立された原告らが国労組合員を採用しなかったのは、所属組合による差別の不当労働行為であるなどと主張して、北海道地方労働委員会(以下「道労委」という。)に対して不当労働行為救済申立てを行ったところ、道労委は、別紙一の主文のとおりの救済命令(以下「道労委命令」という。)を発した。これに対し、原告らは、中労委に対して再審査を申し立てたが、中労委は、別紙二のとおりの中労委命令を発した。そこで、原告ら及び参加人らの双方が、中労委命令の取消しを求めたものである。
第一 争いのない事実等
以下の事実は、末尾括弧内に摘示した証拠等によって認定した事実のほかは、当事者間に争いがないか、当事者が明らかに争わないと認められる事実、公知の事実又は当裁判所に顕著な事実である。
一 当事者等
1 JR貨物は、昭和六二年四月二一日、日本国有鉄道改革法(昭和六一年法律第八七号。以下「改革法」という。)及び旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律(同年法律第八八号。以下「会社法」という。)に基づき、貨物鉄道事業等を経営することを目的に設立され、国鉄が経営していた貨物鉄道事業を引き継いだ従業員数約一万二〇〇〇名(道労委審問終結時。以下、一項中において同じ。)の株式会社であり、JR北海道は、同日、改革法及び会社法に基づき、旅客鉄道事業等を経営することを目的に設立され、主として北海道において国鉄が経営していた旅客鉄道事業等を引き継いだ従業員数約一万三〇〇〇名の株式会社である。
2 日本国有鉄道清算事業団(以下「清算事業団」という。)は、昭和六二年四月一日、改革法及び日本国有鉄道清算事業団(昭和六一年法律第九〇号。以下「清算事業団法」という。)に基づき、改革法に定める国鉄改革の実施に伴い、北海道、東日本、東海、西日本、四国及び九州の各旅客鉄道株式会社(以下「旅客会社」という。)、貨物会社(以下、六旅客会社と合わせて「鉄道会社」という。)、新幹線鉄道保有機構並びに改革法一一条一項の規定により運輸大臣が指定した法人(鉄道通信株式会社、鉄道情報システム株式会社及び財団法人鉄道総合技術研究所)(以下、これら一一法人を合わせて「承継法人」という。)による国鉄からの事業等の引継ぎ並びにその権利及び業務の承継等の後において、国鉄長期債務その他の債務の償還、国鉄の土地その他の資産の処分等を行うほか、臨時に清算事業団職員のうち再就職を必要とする者についての再就職の促進を図るための業務を行うことを目的として、国鉄から移行した法人である。
3 国労は、昭和六二年三月三一日までは国鉄職員で、同年四月一日以降は承継法人、清算事業団の職員等で組織する組合員数約四万二〇〇〇名の労働組合であり、国労札幌地本は、国労の北海道における統括組織である国労北海道本部(以下「国労道本部」という。)の下部組織として、JR北海道本社、JR貨物北海道支社及び清算事業団北海道雇用対策部札幌支部に勤務する者等で組織する組合員数約一一〇〇名の労働組合であり、国労青函地本は、国労道本部の下部組織として、JR北海道函館支社、JR貨物函館営業センター及び清算事業団北海道雇用対策部函館支部に勤務する者等で組織する組合員数約三〇〇名の労働組合であり、国労旭川地本は、国労道本部の下部組織として、JR北海道旭川支社、JR貨物旭川営業所及び清算事業団北海道雇用対策部旭川支部に勤務する者等で組織する組合員数約一五〇〇名の労働組合であり、国労釧路地本は、国労道本部の下部組織として、JR北海道釧路支社、JR貨物釧路営業所及び清算事業団北海道雇用対策部釧路支部に勤務する者等で組織する組合員数約八〇〇名の労働組合である。
4 国鉄は、改革法附則二項による廃止前の日本国有鉄道法(昭和二三年法律第二五六号。以下「国鉄法」という。)に基づき、国が国有鉄道特別会計をもって経営している鉄道事業その他一切の事業を経営することを目的として設立された政府全額出資の公法上の法人であり、昭和六二年三月三一日当時、国鉄本社の下に北海道総局(以下「道総局」という。)ほか四つの総局があり、道総局の下に青函船舶鉄道管理局、旭川及び釧路の各鉄道管理局、北海道地方自動車部、北海道地方資材部、苗穂工場及び札幌工事事務所があり、また、道総局の付属機関として北海道鉄道学園、札幌鉄道病院が属していた(昭和六〇年三月までは道総局の下に札幌鉄道管理局があったが、その後道総局に統合された。)。
二 国鉄における労働組合の結成状況
国鉄の職員等で組織する労働組合としては、国労のほか、昭和二六年五月結成の国鉄動力車労働組合(以下「動労」という。)、昭和四三年一〇月結成の鉄道労働組合(以下「鉄労」という。)、昭和四六年四月結成の全国施設労働組合(以下「全施労」という。)、昭和四九年三月結成の全国鉄動力車労働組合(以下「全動労」という。)、昭和六一年四月結成の真国鉄労働組合(以下「真国労」という)、同年一二月、全施労、真国労等が統合して結成された日本鉄道労働組合(以下「日鉄労」という。)などがあり、このうち、動労、鉄労、日鉄労等は、昭和六二年二月、全日本鉄道労働組合総連合会(以下「鉄道労連」という。)を結成した。また、国労を脱退した旧主流派の国労組合員により同年一月以降各ブロック等を単位として鉄道産業労働組合(以下「鉄産労」という。)を結成し、同年二月二八日、全国組織として日本鉄道産業労働組合総連合(以下「鉄産総連」という。)が結成された。
三 国鉄改革の経緯
1 国鉄は、昭和三九年度に欠損を生じて以来、経営悪化の一途を辿り、昭和五五年度までに数次にわたり経営再建計画を実施したが、昭和五七年度末には約一八兆円もの累積債務を抱えるに至り、年金財政も逼迫した。昭和五六年三月発足の第二時臨時行政調査会(以下「臨調」という。)は、昭和五七年七月三〇日、①国鉄の分割・民営化、②再建に取り組むための推進機関(国鉄再建監理委員会)の設置、③新経営形態移行までの間緊急に講ずべき措置(職場規律の確立、新規採用の停止など一一項目の実施等)を提言する「行政改革に関する第三次答申―基本答申―」を政府に提出し、同年八月一〇日、政府は、これを最大限尊重して所要の施策を実施に移すことなどを閣議決定し、同年九月二四日、五年以内での国鉄事業の再建・職場規律の確立等を閣議決定するとともに、「国鉄の再建は未會有の危機的状況にあり、一刻の猶予も許されない非常事態に立ち至っている。その再建は国家的課題であり、政府は総力を結集してこれに取り組む。」との声明を発表した。
2 昭和五八年五月一三日、日本国有鉄道の経営する事業の再建の推進に関する臨時措置法(昭和五八年法律第五〇号)が成立し、これに基づいて設置された日本国有鉄道再建監理委員会(以下「監理委員会」という。)は政府に対し、同年八月二日、国鉄における職場規律の確立、私鉄並みの経営効率化、赤字ローカル線の廃止等を内容とする「第一次緊急提言」を提出し、また、昭和五九年八月一〇日、国鉄について分割・民営化の方向で再建の具体策を検討する必要があるとし、生産性及び要員配置を私鉄並みとすること、地方交通線廃止等を内容とする「第二次緊急提言」を提出した。
3 監理委員会は、昭和六〇年七月二六日、「国鉄改革に関する意見―鉄道の未来を拓くために―」と題する最終答申(以下「監理委員会答申」という。)を政府に提出した。これによれば、国鉄改革の具体的方法として、①国鉄の旅客鉄道部門を北海道、東日本、東海、西日本、四国及び九州の六旅客鉄道会社に分割するとともに、新幹線は別主体が一括保有してこれを旅客鉄道会社に貸し付け、研究所等を独立させる、②旅客鉄道事業を遂行するための適正要員規模を一五万八〇〇〇名とみて、これにバス事業、貨物部門、研究所等で必要な二万五〇〇〇名(うち貨物部門一万五〇〇〇名弱)を加えて、全体の適正要員規模を一八万三〇〇〇名と推計し、さらに六旅客鉄道会社の適正要員に二割程度を上乗せして、新事業体発足時の要員規模を二一万五〇〇〇名とする。③約九万三〇〇〇名の余剰人員のうち、右適正要員に上乗せした約三万二〇〇〇名を除く約六万一〇〇〇名については、新事業体移行前に約二万名の希望退職を募集し、残りの約四万一〇〇〇名を再就職のための対策を必要とする職員として国鉄の清算法人的組織の「旧国鉄」に所属させ、三年間で転職させる、④貨物部門については、全国一元的な経営体制が適切と考えられるが、昭和六〇年一一月までに実行可能な具体案を作成するなどというものであった。これを受けて運輸省は、同月、国鉄の貨物部門について、「目標とする適正要員数は約一万名とするが、新会社発足時に直ちにこれを実現することには無理があるので、これに二割程度上乗せした、一万二五〇〇名程度とし、その差については、合理化の進展、事業活動の拡大、関連事業の展開に逐次充当する。」ことなどを内容とする「新しい貨物鉄道のあり方について」と題する書面を監理委員会に提出した。
4 国鉄は、監理委員会答申を踏まえ、昭和六〇年一〇月九日、右答申に沿う分割・民営化を前提として職員八万六二〇〇名の削除方針を発表し、国鉄の各労働組合に提案した。また、政府は、同月一一日、右答申に沿った「国鉄改革のための基本的方針」を閣議決定し、同年一二月一三日、各省庁が昭和六一年度に職員採用数の一〇パーセント以上を、昭和六二年度から昭和六三年度当初までは職員採用数の一定割合を下回らない数以上を国鉄職員から採用すること、さらに特殊法人、地方公共団体、一般産業界に国鉄職員の採用を要請することなどを内容とする「国鉄余剰人員雇用対策の基本的方針」を閣議決定し、内閣官房長官は、政府として公的部門に三万名の雇用の場を確保すると発表した。
5 昭和六一年五月二一日、日本国有鉄道の経営する事業の運営の改善のために昭和六十一年度において緊急に講ずべき特別措置に関する法律(同年法律第七六号。以下「六一年緊急措置法」という。)が成立し、同月三〇日に公布、施行され、同年一一月二八日、①改革法、②会社法、③新幹線鉄道保有機構法(同年法律第八九号)、④清算事業団法、⑤日本国有鉄道退職希望職員及び日本国有鉄道清算事業団職員の再就職の促進に関する特別措置法(同年法律第九一号。以下「再就職促進法」という。)、⑥鉄道事業法(同年法律第九二号)、⑦日本国有鉄道改革法等施行法(同年法律第九三号。以下「改革法等施行法」という。)、⑧地方税法及び国有資産等所在市町村交付金及び納付金に関する法律の一部を改正する法律(同年法律第九四号。以下、①ないし⑧を合わせて「国鉄改革関連八法」という。)が成立し、同年一二月四日、公布、施行された。
これらによれば、国鉄改革の骨子は、①国鉄の旅客鉄道事業を分割し、北海道、東日本、東海、西日本、四国及び九州の各旅客会社を設立してこれらに引き継がせ(改革法六条)、②新幹線鉄道にかかる旅客鉄道事業については、新幹線鉄道保有機構を設立して施設の一括保有及び貸付けに関する業務を行わせ(同法七条)、③国鉄の貨物鉄道事業を旅客鉄道事業から分離し、貨物会社を設立してこれに引き継がせ(同法八条)、④電気通信、情報の処理及び試験研究に関する業務については、運輸大臣が指定する法人にこれらを引き継がせ(同法一一条一項)、⑤鉄道会社の設立に際して発行する株式の総数は国鉄が引き受け(会社法附則五条)、⑥国鉄が承継法人に事業等を引き継いだときは、国鉄を清算事業団に移行させる(改革法一五条、清算事業団法附則二条)というものである。
また、改革法二三条によれば、承継法人の職員の採用手続の概要は、次のとおりである。
(一) 承継法人の設立委員(当該承継法人が改革一一条一項により運輸大臣の指定する法人である場合には当該承継法人。以下「設立委員等」という。)は、国鉄を通じ、その職員に対し、それぞれの承継法人の職員の労働条件及び職員の採用の基準を指示して、職員の募集を行う(一項)。
(二) 国鉄は、右(一)のによりその職員に対し労働条件及び採用の基準が指示されたときは、承継法人の職員となることに関する国鉄職員の意思を確認し、承継法人別に、その職員となる意思を表示した者の中から当該承継法人の採用の基準に従い、その職員となるべき者を選定し、その名簿を作成して設立委員等に提出する(二項)。
(三) 右(二)の名簿に記載された国鉄職員のうち、設立委員等から採用する旨の通知を受けた者であって昭和六二年三月三一日現在国鉄職員であるものは、承継法人の成立の時において、当該承継法人の職員として採用される(三項)。
(四) 右(一)の労働条件の内容となるべき事項及び提示の方法、右(二)の職員の意思の確認の方法その他右(一)ないし(三)の実施に関し必要な事項は、運輸省令で定める(四項)。
(五) 承継法人の職員の採用について、当該承継法人の設立委員がした行為及び当該承継法人の設立委員に対してなされた行為は、それぞれ、当該承継法人がした行為及び当該承継法人に対してなされた行為とする(五項)。
(六) 右(三)により国鉄職員が承継法人の職員となる場合には、その者に対しては、国家公務員等退職手当法に基づく退職手当は、支給しない(六項)。
(七) 承継法人は、右(六)の適用を受けた承継法人の職員の退職に際し、退職手当を支給しようとするときは、その者の国鉄職員としての引き続いた在職期間を当該承継法人の職員としての在職期間とみなして取り扱う(七項)。
その結果、承継法人に採用されない国鉄職員は、昭和六二年四月一日以降清算事業団の職員となり、再就職促進法に基づき、再就職が図られることとされたが、同法が昭和六五年(平成二年)四月一日限りで失効する(同法附則二条)ことから、三年以内に再就職するものとされていた。
6 ところで、国鉄改革関連八法案の審議の過程で、運輸省は、昭和六一年一一月二五日、参議院日本国有鉄道改革に関する特別委員会(以下「参議院特別委員会」という。)において、承継法人の採用手続等に関する質問に対し、「(略)あくまでもこの基準というものは設立委員がお決めになるものでありますけど、私はその内容について、所属する労働組合によって差別が行われるようなものであってはならないと思う。採用基準の中に勤務成績が取り上げられ、その中で処分歴が判断要素とされる場合でも、いわゆる労働処分というものを具体的に明示するような形で勤務成績を示すようなことはあり得ないと思うし、あってはならないと思う。」旨答弁し、採用事務に関する設立委員と国鉄との関係について、「国鉄は、設立委員の補助者の立場で設立委員の定める採用基準に従い選定する。」「設立委員の示す採用基準に従って承継法人の職員の具体的な選定作業を行う国鉄当局の立場は、設立委員等の採用事務を補助するもので、法律上は準委任に近いものであるから、どちらかといえば代行と考えるべきではないか。」と答弁し、同旨の答弁が政府委員からも繰り返し行われた。さらに、同月二八日、参議院特別委員会は、国鉄改革関連八法案の採決に際し、「各旅客鉄道株式会社等における職員の採用基準及び選定方法については、客観的かつ公正なものとするよう配慮するとともに、本人の希望を尊重し、所属労働組合等による差別等が行われることのないよう特段の留意をすること。」などの附帯決議を行った。
7 運輸大臣は、昭和六一年一二月四日、会社法附則二条一項に基づき、鉄道会社の共通設立委員一六名及び各鉄道会社ごとに設立委員二ないし五名を任命した。このうち、共通設立委員には、運輸省、労働省など関係省庁の事務次官のほか、国鉄総裁が含まれていた。
8 同月一一日、鉄道会社合同の第一回設立委員会が開催され、鉄道会社の採用基準について、①昭和六一年度末において年齢満五五歳未満であること(医師を除く。)、②職務遂行に支障のない健康状態であること、なお、心身の故障により長期にわたって休養中の職員については、回復の見込みがあり、長期的にみて職務遂行に支障がないと判断される健康状態であること、③国鉄在職中の勤務の状況からみて、鉄道会社の業務にふさわしい者であること、なお、勤務の状況については、職務に対する知識技能及び適性、日常の勤務に関する実績等を国鉄における既存の資料に基づき、総合的かつ公正に判断すること、④退職前提の休職(国鉄就業規則六二条三号ア)を発令されていないこと、⑤退職を希望する職員である旨の認定(六一年緊急措置法四条一項)を受けていないこと、⑥国鉄において再就職の斡旋を受け、再就職先から昭和六五年(平成二年)度当初までの間に北海道旅客会社については、国鉄本社及び本社附属機関に所属する職員並びに全国的な運用を行っている職員からの採用のほか、北海道旅客会社が事業を運営する地域内の業務を担当する地方機関に所属する職員からの採用を優先的に考慮すること、貨物会社については、広域異動の募集に応じて既に転勤した職員からの採用は、特段の配慮をすることとされていた。
9 運輸大臣は、昭和六一年一二月一六日、改革法一九条一項に基づき、閣議決定を経て「日本国有鉄道の事業等の引継ぎ並びに権利及び義務の承継等に関する基本計画」(以下「基本計画」という。)を定め、国鉄職員のうち承継法人の職員となる者の総数を二一万五〇〇〇名、うち北海道旅客会社の職員数を一万三〇〇〇名、貨物会社の職員数を一万二五〇〇名と決定した。
10 同月一九日、鉄道会社合同の第二回設立委員会が開催され、鉄道会社における職員の就業場所、従事すべき業務など労働条件の細部が決定され、採用基準とともに国鉄に提示された。
11 国鉄は、同月二四日、採用基準に該当しないことが明白な者を除く職員約二三万〇四〇〇名に対し、承継法人の労働条件と採用基準を記載した書面及び承継法人の職員となる意思を表明する意思確認書の用紙を配付し、昭和六二年一月七日正午までに提出するよう示達した。そして、同月七日までに意思確認書を提出した国鉄職員は二二万七六〇〇名であり、そのうち承継法人の採用希望者数は二一万九三四〇名、就職申込数(第二希望以下の複数の承継法人名を記載しているものを含めた総数)は、延べ五二万五七二〇名であった。
なお、基本計画上の要員数及び就職申込総数の承継法人別内訳は、次のとおりである(乙第三三号証の一、第六四七号証)。(表)
国鉄は、承継法人ごとの採用候補者の選定及び名簿を作成し、同年二月七日、右の名簿に各人ごとの職員管理調査の内容を要約した資料を添えて、設立委員等に提出した。しかし、参加人らが本件で救済を求めている別紙一記載の国労組合員(以下「本件救済申立対象者」という。)は全員、右の名簿に記載されなかった。
なお、基本計画上の要員数、採用候補者名簿に記載された者の数及びその差の承継法人別内訳は、次のとおりである(乙第三三号証の二、第六四七号証)。(表)
国鉄は、承継法人ごとの採用候補者の選定及び名簿を作成し、同年二月七日、右の名簿に各人ごとの職員管理調書の内容を要約した資料を添えて、設立委員等に提出した。しかし、参加人らが本件で救済を求めている別紙一記載の国労組合員(以下「本件救済申立対象者」という。)は全員、右の名簿に記載されなかった。
なお、基本計画上の要員数、採用候補者名簿に記載された者の数及びその差の承継法人別内訳は、次のとおりである(乙第三三号証の二、第六四七号証)。
12 同年二月一二日、鉄道会社合同の第三回設立委員会が開催され、採用候補者名簿に記載された者全員を当該承継法人の職員に採用することを決定した。そして、設立委員等は、同月一六日以降、採用を決定した者(以下「採用予定者」という。)に対し、国鉄を通じて、「あなたを昭和六二年四月一日付けで採用することに決定いたしましたので通知します。なお、辞退の申し出がない限り、採用されることについて承諾があったものとみなします。」と記載された同年二月一二日付け「採用通知」を交付した。これに対し、承継法人に採用されなかった者(以下「不採用者」ともいう。)に対しては、国鉄が文書又は口頭でその旨を伝えたが、不採用の理由は明らかにされず、本件救済申立対象者も、全員不採用となった(以下、これら承継法人の職員の採用を「本件四月採用」という。)。
なお、北海道における承継法人の採用予定者数、採用率、不採用者数及び不採用率の所属組合別内訳は、次のとおりである(乙第四三二号証、証人井上博巳の証言)。(表)
(注)「承継法人」とは、北海道旅客会社、貨物会社を含む承継法人全体を指す。
「採用率」は、採用予定者数を希望者数で除した数字である。
「不採用率」は、不採用者数を希望者数で除した数字である。
13 国鉄は、同年三月四日、改革法一九条三項ないし五項に基づき、「国鉄の事業等の引継ぎ並びに権利及び義務の承継に関する実施計画」を作成し、同月二〇日、運輸大臣の許可を受けた。これによれば、国鉄の事業及び業務の大部分は承継法人が引き継ぎ、国鉄資産の大半、長期債務の相当部分を帳簿価により承継し、残りの資産及び債務は清算事業団が引き継ぎ、鉄道会社の設立時に発行する株式は、すべて国鉄で引き受け、これは同年四月一日以降、清算事業団に帰属することとされていた。
14 国鉄は、同年四月一日からの承継法人発足に向けて、同年三月三日から一〇日にかけて人事異動を発令した。そして、設立委員等は、同月一六日、採用予定者に対して承継法人発足後の所属、勤務箇所、職名等を通知した(甲第五号証、丙第一一号証、証人嶋田俊男の証言)。
15 同年三月一七日、鉄道会社合同の第四回設立委員会が開催され、各鉄道会社の定款案、取締役及び監査役の候補者並びに創立総会の日程等が決定され、同月二三日から二五日にかけて、各鉄道会社の創立総会が開催され、役員の選任等が行われた。各鉄道会社の代表取締役及び非常勤役員には国鉄出身者以外の者が多く選任されたが、常勤役員は国鉄の役員又は管理職であった者が大半を占め、北海道旅客会社の常勤役員は一〇名のうち八名が、貨物会社の常勤役員は一一名のうち六名が国鉄の役員又は管理職であった。
16 採用予定者は、昭和六二年三月三一日付けで国鉄を退職し、同年四月一日、承継法人の発足と同時に当該承継法人の職員となった。また、同日、国鉄が清算事業団に移行したことに伴い、不採用者は、再就職を必要とする清算事業団職員となった。
17 JR北海道は、職員に欠員が生じたことから、同年四月一三日、募集対象者を北海道地区に勤務する清算事業団の職員とし、採用予定人員を約二八〇名とし、採用予定日を同年六月一日とする職員の追加採用を行い(以下「本件六月採用」という。)、JR貨物は、職員に欠員が生じたことから、同年五月一五日、募集対象者を北海道地区及び九州地区に勤務する清算事業団の職員とし、採用予定人員を約五〇〇名とし、採用予定日を同年八月一日とする職員の追加採用を行った。
なお、本件六月採用における組合所属別採用者数及び採用率は、次のとおりである(乙第四三三号証)。(表)
(注)「採用率」は、採用者数を応募者数で除した数字である。
18 政府は、同年六月五日、再就職促進法一四条に基づき、承継法人に採用されなかった清算事業団職員の再就職目標を達成するため、承継法人が職員を採用するときは優先的に清算事業団職員を採用することなど、承継法人、清算事業団及び国等の講ずべき措置を定めた再就職促進基本計画を閣議決定した。JR貨物は、これに基づき、昭和六三年一二月、募集対象者を北海道地区及び九州地区に勤務する清算事業団の職員とし、応募資格等を職務遂行に支障のない健康状態であることなどとし、採用時の勤務予定地を関東、東海、関西支社とし、採用予定日を昭和六四年(平成元年)四月一日とする職員の追加採用を行った。
四 本件四月採用に関する国鉄と国労、設立委員との団体交渉
国労は、承継法人の設立委員が任命された昭和六一年一二月四日以降、国鉄本社に対し、承継法人の職員の採用候補者名簿の作成及び選考に関する団体交渉の開催や名簿作成の基準等を明らかにすることなどを申し入れ、また、国労の北海道、九州における各地方本部も道総局や九州総局に対して同様の申入れをしたが、国鉄は、採用基準そのものは設立委員が決め、国鉄はそれに従うだけであり、設立委員が処理すべき事柄であるから団体交渉になじまない旨回答して団体交渉には応じず、事実上話し合いには応じるという態度であった。そして、本件四月採用の採用、不採用通知がなされた同月一六日以降、国労は、国鉄本社に対し、採用候補者名簿に記載されなかった人員やその理由、採用候補者の選定の具体的基準を明らかにすることなどを求める団体交渉や協議を申し入れ、国労の北海道、九州における各地方本部も道総局や九州総局に対して同様の申入れをしたが、国鉄は、承継法人の職員の採用基準は既に明らかにしており、その採用基準に基づいて国鉄が名簿を作成して設立委員が採用を決定したことであり、職員の採用について国鉄に権限はなく団体交渉事項ではないとして、団体交渉には応じなかった。
また、国労は、設立委員の任命後、設立委員に対しても承継法人の職員の労働条件や採用条件等について設立委員との交渉を求めたが、鉄道会社が発足しているわけではなく、設立委員は団体交渉の相手方にはならないとして拒否され、設立委員との協議・話し合いの場さえも設定されず、ただ、要望、意見があれば国鉄総裁を通じて設立委員に伝えるとされたことから、国労は、国鉄総裁に対して設立委員宛ての要請書を提出したが、設立委員から応答はなかった(乙第一二〇ないし第一二二号証、第一二五号証。第三八一、第三八二号証の各一、二、丙第一二六号証、証人嶋田俊男及び同井上博巳の各証言、弁論の全趣旨)。
五 清算事業団の責務、職員の処遇等
1 承継法人に採用されなかった国鉄職員は、再就職を必要とする者として昭和六二年四月一日以降清算事業団の職員となり、全国各地の雇用対策部等に配属されて再就職が図られることになった。そして、清算事業団は、同日から三年以内にすべての職員の再就職が達成されるような再就職促進法基本計画を策定して事業主等に職員の雇入れを要請するなどの措置を講じる(再就職促進法一四条、二一条、二二条)ほか、職員に対して再就職のために必要な知識及び技能を習得させるための教育訓練を行ったり、職業の斡旋等、職員の再就職の援助等のために必要な業務を行うこととされた(同法二四条)。清算事業団職員のうち再就職を必要とする者は、自ら再就職活動をすることになり、原告らが行った職員の追加募集に応募したり、研修を受けたりしたが、自学自習することも多かった。
清算事業団職員のうち、再就職を必要とする者の推移は、次のとおりである(弁論の全趣旨)。(表)
また、清算事業団職員のうち、再就職を必要とする者の組合所属別推移は、次のとおりである(弁論の全趣旨)。(表)
2 清算事業団は、平成二年四月一日付けで、再就職を必要とする清算事業団職員のうち同日までに再就職していない一〇四七名を解雇した(弁論の全趣旨)。
六 国鉄における労使関係等
1 昭和五六年三月に発足した臨調の審議過程で高まった国鉄の分割民営化の考え方に対し、国労は、公共交通としての国鉄及び国鉄労働者の雇用と職場を守る立場から、以後一貫してこれに反対し、昭和五七年三月九日、動労、全施労及び全動労とともに国鉄再建問題四組合共闘会議を結成した。
2 昭和五七年初めころ、ブルートレインの検査係に対するいわゆる「ヤミ手当」支給問題や労働組合員による現場管理者に対する突き上げ等、国鉄の職場規律に乱れがあることが新聞で報道され、また、臨調や監理委員会等からの指摘もあって、国鉄の職場規律の是正が問題とされるようになった。国鉄は、運輸大臣の指示を受けて、同年三月五日以降、いわゆる「ヤミ協定」、勤務時間中の組合活動、リボン・ワッペンの着用、呼名点呼、安全帽の着用、突発休など約六〇項目にわたる職場規律の総点検を実施し、以後毎年二回、昭和六〇年九月末日まで八次にわたって職場規律の総点検を実施した。
3 ところで、国鉄と各労働組合との間では、現場協議協約に基づき、職場における諸問題を現場の労使間で協議していた。しかし、昭和五七年七月一九日、国鉄は、国労、全動労のほか、動労、鉄労及び全施労に対し、協議対象の明確化や開催回数、時間等の制限を内容とする同協約の改定案を提示し、交渉がまとまらなければ協約を破棄する旨通告した。動労以下三組合は、これを受け入れて現場協議協約を改定したが、国労及び全動労はこれに反対したため、同年一二月一日以降、両組合との間の現場協議協約は失効した。
4 国鉄は、昭和五九年二月のダイヤ改正等に伴う合理化で生じた約二万四五〇〇名の余剰人員を解消するため、退職制度の見直し、休職制度の改定・拡充、派遣制度の拡充を含む余剰人員調整策を発表し、同年七月一〇日、その細目を各労働組合に提示したが、国労はこれに反対した。そこで、国鉄は、同月一一日、国労に対し、同組合との間の雇用安定協約を昭和六〇年一月一一日をもって破棄する旨通告した。その後、国鉄と国労は、公営企業体等労働委員会(以下「公労委」という。)の仲裁裁定に基づき、同年四月九日、「職員の派遣の取扱いに関する協定」「職員の申出による休職の取扱いに関する協定」及び「特別退職に関する協定」を締結し、雇用安定協約についても有効期間を同年一一月三〇日までとする「覚書」を締結した。ところが、国労組合員は、全国各地で「やめない、休まない、出向かない」と書いた壁新聞を掲示する等の運動(以下「三ない運動」という。)を展開した。そこで、国鉄は、同年五月二五日、国労に対して三ない運動の指導を中止するよう申し入れ、同年一〇月二四日、国労が三ない運動の中止を指導せず、右余剰人員調整策に非協力な態度を続けるなら、雇用安定協約を再締結しない旨申し入れ、同年一一月三〇日、雇用安定協約の継続締結を拒否する旨通告した。
5 国鉄は、同年一二月一一日、昭和六一年度の転職希望者を把握するため、全職員を対象に国の機関及び地方自治体等への転職希望に関する進路希望アンケート調査を実施した。これに対し、国労は、同月一三日、同月一七日までのアンケートの回答をしない旨の闘争指令を行い、また、同月二五日、アンケートの記事欄に「私は分割・民営に反対です。引き続き国鉄で働くことを希望します。」と記載するなどの闘争指令を行った。
6 国鉄は、昭和六一年一月一三日、各労働組合に対し、国鉄改革が成し遂げられるまでの間、安全輸送のため諸法規を遵守すること、リボン・ワッペンの不着用、氏名札の着用等定められた服装を整えること、必要な合理化は積極的に推進し、新しい事業運営の体制を確立すること、余剰人員対策について、派遣制度、退職勧奨等を積極的に推進することなどについて一致協力して取り組むことなどの第一次労使共同宣言に同意するよう要請し、動労らはこれを受け入れた。しかし、国労はこれに同意せず、動労らの態度を非難した。その後、動労及び鉄労は、国鉄分割民営化を支持する見解を示した。
7 国鉄は、従来から職員の勤務実態等について、職員ごとに管理台帳を作成し、第五次ないし第八次の職場規律の総点検の結果等をこれに記載し、勤務成績に反映させていた。その後、国鉄は、職員個人の意識・意欲の実態を全国統一的に把握して今後の職員管理に活用するため、管理台帳に加え、職員管理調書を作成するようになった。
8 国鉄は、昭和六一年三月四日、各労働組合に対し、雇用の場に見合った職員配置を行うため、第一陣として北海道から約二五〇〇名の職員を東京、名古屋地区中心に、九州から約九〇〇名の職員を大阪地区中心に広域異動させたい旨提案し、動労らの了解の下、同月二〇日からその募集を開始した。また、国鉄は、同年八月一一日、第二陣の広域異動(目標三四〇〇名)を各労働組合に提案し、動労らの了解の下、同月二五日からその募集を開始した。国労は、同年四月一〇日から一二日までワッペン着用闘争を実施して広域異動に反対したが、国労組合員が相当数広域異動の募集に応募していたことから、同年一一月二二日、国鉄との間で広域異動に関する覚書を締結した。
9 国鉄は、同年四月三日、各労働組合に対し、活力ある経営を通じて鉄道事業の未来を切り開いていくため、企業人としての考え方とその行動力を身につけさせることを目的として、職員七万名を対象に一回当たり三日ないし四日間の日程で企業人教育を行う旨説明し、全国で約五万五〇〇〇名が受講した。そして、同年六月ころ、企業人教育の受講者が中心となって国鉄改革のための推進グループが全国で結成されるようになった。
10 国鉄は、余剰人員を集中的に配置して有効活用を図るため、同年七月一日、全国一〇一〇か所に人材活用センター(以下「人活センター」という。)を設置した。人活センターにおける業務は、切符の外商等の増収活動や教育訓練とされていたが、実際には、ペンキ塗り、駅構内のごみ拾い、ポイント清掃、ガラス磨き、草刈り等が行われ、ほとんど一日中何も仕事がなく待機状態にあることもあった。なお、国鉄は、昭和六二年三月三日から一〇日にかけて実施した人事異動に合わせて人活センターを廃止した。
11 国鉄は、昭和六一年七月一九日、職員が現在有する職務に関する知識、技能に加えて、より広く他系統の職務を遂行しうる能力を身につけることを目的とする多能化教育を実施することにしたが、国労はこれに抗議した。
12 動労、鉄労、全施労及び真国労の四組合は、動労七月一八日、国鉄改革労働組合協議会(以下「改革労協」という。)を結成し、動労八月二七日、国鉄との間で、鉄道事業のあるべき方向として、民営・分割による国鉄改革を基本とするほかはないこと、改革労協は鉄道事業の健全な経営が定着するまでは争議権の行使を自粛すること、企業人としての自覚を有し、向上心と意欲にあふれる望ましい職員像へ向けて労使が指導を徹底することなどの第二次労使共同宣言を締結した。これに対し、国労は、同日、「国鉄改革・再建の必要性を十分認識しているが、同時にその過程で職員の雇用を完全に確保することが最大の使命であると考えている。」旨の見解を発表して第二次労使共同宣言の締結に応じなかった。国鉄は、昭和五〇年一一月に国労及び動労等が行ったいわゆるスト権ストによる総額約二〇二億円の損害賠償請求訴訟について、動労が第二次労使共同宣言でストライキ等の違法行為を行わず、新会社移行後もストライキ権の行使を自粛し、国鉄の諸策に積極的に協力し、国鉄分割民営化に賛成して一致協力して尽力することや、裁判所に係属する全事件について紛争状態を解消したい旨の申し出があったことから、昭和六一年九月三日、右訴訟のうち動労に対する訴えを取り下げた。
13 ところで、国労は、昭和五八年五月一三日、監理委員会設置反対の二九分間ストライキ(以下「五・一三スト」という。)を、昭和五九年八月一〇日、余剰人員調整策反対等の二時間ストライキ(以下「八・一〇スト」という。)を、昭和六〇年三月一九日、年金法改悪反対の二九分間ストライキ(以下「三・一九スト」という。)を、同年八月五日、監理委員会答申に対する抗議等の一時間ストライキ(以下「八・五スト」という。)を実施したほか、余剰人員調整策、広域異動の提案等に反対して、継続的に順法闘争やワッペン着用闘争を行い、昭和六一年後半からは、主に就業時間中の国労バッジの着用を続けた。これに対し、国鉄は、①昭和五九年八月四日に、五・一三スト及び同年七月六日、七日の順法闘争に参加したことを理由に停職三名を含む二六〇〇名の処分、②同年九月八日に、同年七月六日、七日の順法闘争に参加したことを理由に解雇を含む一六八〇名の処分、③同年一一月二四日に、八・一〇ストに参加したことを理由に停職一六名を含む約二万三三〇〇名の処分、④昭和六〇年一〇月五日に、三・一九スト、八・五スト、被爆四〇周年の闘いに連帯した汽笛吹鳴等に参加したことを理由に停職一四名をふくむ約六万四一三〇名の処分、⑤同年九月一一日に、ワッペン着用闘争を行ったことなどを理由に約五万九二〇〇名の処分、⑥昭和六一年五月三〇日に、ワッペン着用闘争を行ったことなどを理由に約二万九〇〇〇名の処分を通告した。国労は、これらの処分通告に対して毎回抗議声明等を発表した。
14 国労の執行部は、昭和六一年七月二二日から開催された定期大会(千葉大会)において、「雇用確保と組織維持のため、現実的に大胆な対応を行う」旨の運動方針を提案したが、賛否両論が出されて結論が出ず、同年一〇月九日から開催された臨時大会(修善寺大会)において、中央闘争委員会が決定した「雇用安定協約の締結のため必要な効率化を推進し、労使共同宣言締結の意思を明らかにする。」旨の「当面する情勢に対する緊急方針」を提案したが、否決された。その結果、国労は、従来どおり国鉄分割民営化反対の立場を維持することになり、執行部は総退陣した。
15 国労の組合員数は、昭和六一年五月当時、約一六万三〇〇〇名(組織率68.3パーセント)であったが、同年一一月には約一一万名(組織率47.7パーセント)になり、昭和六二年三月には約六万一〇〇〇名(組織率27.9パーセント)となった。そして、同年四月時点における組合員数は、国労が約四万四〇〇〇名、鉄道労連が約九万名、鉄産総連が約二万八〇〇〇名であった。
七 不当労働行為救済申立て
1 公労委に対する救済申立て
国労、国労札幌地本、国労青函地本、国労旭川地本、国労釧路地本、国労門司地方本部、国労熊本地方本部、国労大分地方本部及び国労鹿児島地方本部は、昭和六二年三月一八日、国鉄が北海道、西日本及び九州の各旅客会社並びに貨物会社の採用候補者名簿の作成にあたり、国労組合員を同名簿に記載しなかったのは国労嫌悪の不当労働行為に該当すると主張して、公労委に対し、国鉄を被申立人として、①改めて採用候補者名簿を作成して設立委員に提出すること、②ポスト・ノーティスを求める救済申立てをし(なお、同年四月一日以降は清算事業団が右手続を受継した。)、その後、①の救済申立て部分を取り下げた。国営企業労働委員会(改革法等施行法一四四条により同日付けで公労委が名称を改めた。)は、昭和六三年九月二〇日、国鉄に被申立人適格がないとして、申立てを却下する命令をした。
2 本件訴訟提起に至る経緯
参加人らは、昭和六二年三月二六日、本件四月採用に関する国労組合員の不採用は不当労働行為であると主張して、道労委に対し、被申立人を北海道旅客会社及び貨物会社の共通設立委員二名として、①同年四月一日付けの採用取扱い、②ポスト・ノーティスを求める救済申立てを行った。その後、参加人らは、被申立人として原告らを追加するとともに、本件六月採用に関する国労組合員の不採用は不当労働行為であると追加主張して、申立内容を①国鉄における原職又は原職相当職での採用取扱い、②バック・ペイ、③本件四月採用及び六月採用についてのポスト・ノーティスに変更した(乙第一、第二号証、第六号証)。
道労委は、平成元年一月一二日、別紙一の主文のとおりの道労委命令を発した。原告らは、道労委命令を不服として中労委に対して再審査を申し立てたが、中労委は、平成五年一二月一五日、別紙二のとおりの中労委命令を発した。そこで、原告ら及び参加人らは、それぞれ中労委命令の取消しを求める行政訴訟を提起した。
第二 争点
本件の最大の争点は、国鉄が行った承継法人の職員の採用候補者の選定及び名簿の作成過程に不当労働行為に該当する行為があった場合、原告らの設立委員、ひいては原告らが、労働組合法(以下「労組法」という。)七条の「使用者」としてその責任を負うか否かである(争点1)。これが肯定された場合には、国鉄の行った採用候補者の選定及び名簿の作成が、労組法七条一号の不利益取扱い及び三号の支配介入にあたるか、あたるとすれば救済対象者の範囲が問題となる(争点2)。また、参加人らは、中労委命令の救済方法の適否についても争っている(争点3)。
第三章 当事者の主張
第一 国鉄の行った承継法人の職員の採用候補者の選定及び名簿の作成過程に不当労働行為に該当する行為があった場合、原告らの設立委員、ひいては原告らは、労組法七条の「使用者」としてその責任を負うか(争点1)。
一 原告らの主張
1 設立委員の帰責性の不存在
(一) 現在の私法秩序においては自己責任の原則が妥当し、民法上も他人の行為について責任を帰属させうるのは、監督、選任等の注意の懈怠という自己の責任に関係のある範囲においてであることが明確にされている。このように、独立した法主体の間においては、特段の帰責事由がない限り他者の責任が帰せられることはない。
(二) 原告らは、改革法その他の関係法令に基づき、昭和六二年四月一日に設立され、従前の国鉄の事業の一部を引き継ぐとともに、これに必要な国鉄の資産及び債務を限定的に承継し、他方、国鉄の権利義務関係は、右同日以降、清算事業団に移行したのである(改革法一五条、清算事業団法附則二条)。したがって、原告らが法律上、国鉄とは別個の法主体であることは明らかである。
(三) ところで、改革法一九条は、国鉄改革の趣旨に基づき、承継法人の職員について、国鉄職員をそのまま承継するのではなく、そのうち基本計画が定める要員数の範囲内で職員を新規に採用すべきことを定めている。そして、同法二三条は、承継法人の設立委員が国鉄を通じて国鉄職員に対して承継法人の職員の労働条件及び採用基準を提示して新規に採用する職員の募集を行い(一項)、国鉄は、承継法人への採用を希望する国鉄職員の意思を確認し、承継法人の職員となる意思を表明した者の中から採用基準に従って承継法人の新規採用の対象となる候補者を選定し、承継法人ごとに候補者名簿を作成して設立委員に提出し(二項)、採用候補者名簿に記載された国鉄職員のうち、設立委員から採用する旨の通知を受けた者が昭和六二年三月三一日に現に国鉄職員である限り、承継法人の成立時に新規に採用され(三項)、承継法人の職員の採用について設立委員がした行為及び設立委員に対してなされた行為は、それぞれ承継法人がした行為及び承継法人に対してなされた行為とされている(五項)。この改革法二三条は、承継法人の職員の採用対象たる国鉄職員に関する資料が国鉄当局によって保有され、また、承継法人の職員の採用募集や意思確認等の手続について短期間に大量の事務を遂行することが必要とされていたなど、設立委員等が自ら国鉄職員の中から承継法人の職員となるべき者を適正に選別、評定しうる立場にないことが明らかであったことから設けられた規定であると解される。このように、改革法上、承継法人は新規にその職員を採用し、その採用手続上、採用候補者の選定及び名簿の作成に関する国鉄の権限と、国鉄が作成した名簿に記載された者の中から職員として採用すべき者を決定し、採用通知を発する設立委員の権限は別個独立に付与され、国鉄及び設立委員がそれぞれ別個の法主体としてその権限を行使することとされているのであって、国鉄が設立委員の指揮監督を受けてその権限の行使を代行ないし補助する立場にはないというべきである。
なお、国鉄改革関連八法案の国会審議における運輸大臣等の答弁で、国鉄と設立委員の関係について、「準委任」「代行」などの表現が用いられているが、これは、その法的性格を意識して用いられたのではなく、単に法案説明の便宜として用いられたにとどまるというべきであり、このことは、議事録における発言内容に照らして明らかである。
(四) 以上のとおり、国鉄と設立委員は、改革法上別個独立の法主体としてその権限が定められ、しかも設立委員の国鉄に対する指揮監督等の権限の存在を窺わせる法的論拠はなく、現に設立委員が国鉄に対し、採用候補者の選定及び名簿の作成について、指揮監督等の権限を行使した事実はないから、設立委員に国鉄の右行為にかかる責任が帰属する余地はない。このことは、裁判例(千葉地裁平成四年六月二五日判決・労民集四三巻二・三号五九七頁、その控訴審である東京高裁平成七年五月二三日判決・労民集四六巻三号八九九頁、大阪地裁平成八年四月二二日判決。以下「東京高裁判決等」という。)が、承継法人の職員の採用手続に関する改革法二三条を客観的、合理的に解釈した結果、国鉄の行った採用候補者の選定及び名簿への記載にかかる不当労働行為責任が承継法人に帰属する余地のないことを明確に判示しているとおりであって、原告らの主張の正当性を示している。
2 採用と不当労働行為について
憲法上、企業は、経済活動の自由の一環として契約締結の自由を有しており、労働者の雇用にあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の権限がない限り、原則として自由にこれを決定することができる(最高裁大法廷昭和四八年一二月一二日判決・民集二七巻一一号一五三七頁。三菱樹脂事件)。また、憲法二八条の定める労働三権は、労使関係が存在する場合にのみ問題となるものであって、労使関係そのものの存続あるいは創設を強制するものではない。したがって、本件四月採用及び六月採用に関して不当労働行為が成立する余地はない。
3 被告の主張に対する反論
(一) 被告は、設立委員に承継法人の職員の募集から採用の決定に至るまでの行為について最終的な権限と責任が与えられているから、国鉄が独自に行った採用候補者の選定及び名簿の作成についても、その責任が設立委員に帰属する旨主張する。
しかしながら、設立委員が最終的な権限を有していたとしても、それは、新規に採用する職員を決定する段階における最終的権限を有していたことを意味するにとどまり、設立委員がその前提となる手続のすべてについて責任を負うべきものではないことは、承継法人の職員の採用について、各法主体の権限及び責任を明文化した改革法の規定上明らかである。
(二) 被告は、本件四月採用に関して、国鉄の不当労働行為責任が承継法人に帰属しないとすると、事実上不当労働行為制度の適用が排除される結果となる旨主張する。
被告の右主張の背景には、国労組合員の採用を内容とする救済を可能にするための政策的意図のあることが窺われる。しかしながら、不当労働行為に対する救済は、すべて就労の機会の付与を伴いうるものではなく、法理上の制約に服すべきことは当然のことであり、本件では、改革法という特別立法の規定の存在を前提として措置されるべきであるから、仮に国鉄が本件四月採用に関して不当労働行為をしたとすれば、その責任は清算事業団との関係において処理されるべきである。
4 参加人らの主張に対する反論
(一) 参加人らは、いわゆる使用者概念の拡張論を援用して、原告らの設立委員は労組法七条の「使用者」として本件四月採用に関する不当労働行為責任を負う旨主張する。
(二) 労組法七条の「使用者」について、最高裁第三小法廷平成七年二月二八日判決・民集四九巻二号五五九頁(朝日放送事件)は、雇用主以外の事業主であっても、雇用主から労働者の派遣を受けて自己の業務に従事させ、その基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある場合には、その限りにおいて、右事業主は「使用者」にあたる旨判示しており(最高裁第一小法廷昭和五一年五月六日判決・民集三〇巻四号四〇九頁(油研工業事件)、最高裁第一小法廷昭和六二年二月二六日判決・裁判集民事一五〇号二六三頁、判例時報一二四二号一二二頁(阪神観光事件)も同旨である。)、「使用者」と認定された者が現実的かつ実質的に労務に対する一般的な指揮命令の権限を有し、それを行使する実態にあることを要すると解される。しかしながら、本件において、原告らの設立委員と本件救済申立対象者との間には、右判例がいうような関係は何ら存在しないから、右の判例理論が適用される余地はない。
(三) 学説及び労働委員会命令例には、①近い過去における労働契約関係の存在や近い将来における労働契約関係の可能性が認められる場合、②二つの企業が資本や役員等の関係から親子企業の関係にあり親企業が子企業の事業運営や労働者の待遇につき支配力を有しているなど、法人格を否認しうる場合、③労働組合を消滅させるために会社を一旦解散しつつ実質上同一事業を継続するなど、実質的同一性を有する場合においても、「使用者」性を認める見解が存する。しかしながら、①の点は、本件救済申立対象者が採用候補者名簿に記載されていない以上、改革法上、原告らの職員として採用される可能性はない。また、②の点は、原告らは、改革法その他の関係法令に基づいて新たに設立された株式会社であるから、法人格否認の法理が適用される余地はない。さらに、③の点は、前記東京高裁判決が、実質的同一性の理論は「旧会社の解散と新会社の設立が組合壊滅の目的その他違法又は不当な目的に出た場合に適用することを想定したものと考えられる」る旨判示しているところであり、原告らの設立は改革法その他の関係法令に基づくものであるから、実質的同一性の理論が適用される余地もない。
(四) したがって、参加人らの主張する使用者概念の拡張論によったとしても、本件四月採用に関して原告らの設立委員が労組法七条の「使用者」として不当労働行為責任を負うことはない。
二 被告の主張
1 設立委員の帰責性
改革法上、承継法人の職員の採用手続に関して、設立委員が職員の労働条件及び採用基準を国鉄に提示し、職員の募集は設立委員が国鉄を通じて行うこととされている。そして、職員として採用する旨の通知は設立委員の名によってなされており、これは承継法人の職員として採用に関する最終的な権限と責任が設立委員にあることを示している。
ところで、改革法が承継法人の職員の採用手続に国鉄を関与させたのは、国鉄改革にあたり、承継法人にはその成立と同時に鉄道輸送業務などの国鉄の主要な業務を引き継がせ、その事業を中断することなく継続させることが要請されるという業務上の特殊性が存し、また、経営の破綻状態から脱却させるための国鉄改革を緊急に行うべく、昭和六二年四月一日に新事業体による業務の開始が法定されているという事情があり、かつ、承継法人の職員の募集の対象者は国鉄職員に限定され、採用候補者を選定する資料は国鉄のみが有しており、設立委員自らが採用候補者の選定を行うことができない事情があったことによるものと解される。また、改革法の立法過程において、運輸大臣及び政府委員が設立委員と国鉄の関係を「準委任」「代行」と繰り返し答弁しているのは、単に説明の便宜というよりは、国鉄が設立委員の補助機関の地位にあることを平明に説明したものと理解することができる。そこで、被告は、承継法人の職員の採用に関する設立委員と国鉄との関係について、本来設立委員のなすべき手続の一部を国鉄に委ねたもので、国鉄の立場は設立委員の補助機関の地位にあったものと解釈し、国鉄が行った採用候補者の選定及び名簿の作成過程において、労働組合の所属等による差別的取扱いと目される行為があり、設立委員がその名簿に基づき採用予定者を決定して採用通知をした結果、それが不当労働行為に該当すると判断される場合、その責任は設立委員に帰属させることが改革法の趣旨に沿うと解釈したのである。
2 原告らの主張に対する反論
(一) 原告らは、独立した法主体の間においては、特段の帰責事由がない限り、他者の責任が帰せられることはないところ、国鉄と設立委員はそれぞれ別個独立の法主体としてその権限が定められ、しかも設立委員の国鉄に対する指揮監督権等の権限の存在を窺わせる法的根拠はないから、本件四月採用に関する不当労働行為責任が設立委員に帰属する余地はない旨主張する。
しかしながら、別個独立の法主体であることが相互に他の法主体の責任が帰せられない根拠とはなりえないところ、国鉄による採用候補者の選定及び名簿の作成は、職員の募集から採用に至る一連の過程の中の一つの事実行為であって、承継法人の職員の採用は、当該名簿の作成によって直ちにその効果が生じるのではなく、設立委員による採用決定行為を待って初めて完成するものであり、承継法人の職員の採用に関する最終的な権限は設立委員にあるのであるから、権限に責任が付随することは当然である。
(二) 原告らは、仮に国鉄が本件四月採用に関して不当労働行為をしたとすれば、その責任は清算事業団との関係において処理されるべきである旨主張する。
しかしながら、清算事業団の目的及び業務の範囲は、清算事業団法によって限定されており、救済命令の名宛人としては不適当である。ましてや、本件は、通常の事業の廃止等による会社の解散や破産の場合と異なり、改革法によって承継法人の職員は国鉄職員のみに限定され、その中から新規に採用するという特殊性があるのであって、同法上、国鉄による採用候補者の選定、名簿の作成及び設立委員会への提出、設立委員による採用通知、承継法人による採用という一連の過程において、国鉄のした不当労働行為責任を承継法人に負わせることを否定する根拠は存在しないというべきである。
(三) 原告らは、東京高裁判決等を援用して、改革法二三条の解釈についての自らの主張を正当化する。
しかしながら、東京高裁判決等は、いずれも雇用契約上の地位の確認等にかかるものであって本件と訴訟物を異にしており、原告らの主張は当を得ないというべきである。
三 参加人らの主張
1 不当労働行為制度と改革法二三条の関係について
(一) 不当労働行為制度と労働委員会による救済
労組法は、憲法二八条の団結権保障を実効的に確保するため、不当労働行為救済制度として使用者による不当労働行為の禁止(七条)及び労働委員会による行政救済制度(二七条)を設けている。このように、使用者が労働者数の団結に不当な干渉を行ったり、団結を理由に差別的処遇を行ってはならず、そのような場合には実効的な救済がなされなければならないことはいうまでもなく、このことは、団結権及び団体交渉権についての原則の適用に関する条約(昭和二九年条約第二〇号。以下「ILO九八号条約」という。)一条、三条、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(昭和五四年条約第六号。以下「国際人権A規約」という。)八条の規定に照らし、確立された国際労働基準であり、民主的近代国家における基本原則である。最高裁大法廷昭和五二年二月二三日判決・民集三一巻一号九三頁(第二鳩タクシー事件)も、労働委員会による不当労働行為の救済は、行政救済として組合活動侵害行為によって生じた事実状態を実効的に排除し、それを回復・是正するために行われる旨判示しており、私法上の権利義務の存否を確定する司法救済とはその制度上の性格を大きく異にしている。
したがって、本件四月採用に関する国鉄の不当労働行為責任が原告らの設立委員、ひいては原告らに帰属するかどうかの判断にあたっては、右の点について十分留意されるべきである。
(二) 改革法二三条と不当労働行為の救済
改革法六条ないし一一条は、「適正な経営規模の下において」「効率的な輸送が提供されるよう」国鉄の事業の経営を分割し、六旅客会社及び一貨物会社、新幹線鉄道保有機構、運輸大臣の指定する法人にこれを行わせると規定する。そして、同法一条によれば、国鉄の分割民営化とは、「日本国有鉄道の経営形態の抜本的な改革」を行うことであり、これは国鉄が行ってきた鉄道事業その他の事業をなくしたり変更したりするのではなく、「効率的な経営体制を確立」するために「経営形態」を「改革」するものである。したがって、国鉄の事業は、経営形態を株式会社とする「承継法人」に「引き継が」れるのであり(六条、八条ないし一〇条、二一条)、そのためには国鉄の事業用資産、債務その他の権利義務も承継法人に引き継がれるし、同時に日本鉄道建設公団の資産・債務の一部も引き継がれることになる(一四条、一九条、二〇条、二二条、二四条)。要するに、国鉄改革は、形式上は新会社の設立という方法を採ってはいるものの、それはあくまで経営形態の変更による国鉄事業の再建としてのそれであって、国鉄の事業はまさに新会社に承継され、国鉄と全く無関係に国鉄と切断されたところに新会社が設立されるのではない。
ところで、改革法二三条は、日本電信電話公社や日本専売公社の民営化の場合と異なり、国鉄職員と国鉄との雇用関係を承継法人が当然に承継するという方式を採らず、国鉄職員を対象とする採用という方式を採ったが、その理由は、国鉄が抱えていた余剰人員を承継法人に必要な職員とそうでない職員とに選別するためである。しかし、法律によって採用における選別を肯定した以上、その選別は公平・公正になされなければならず、いやしくも所属組合による差別などの不当労働行為がなされてはならないのは当然のことであり、このことは参議院特別委員会における附帯決議にも端的に表れている。したがって、承継法人の職員の採用手続において、国鉄及び設立委員に対して不当労働行為が禁止されるのは当然のことであり、改革法のどこにも労組法の適用を排除する規定は存在しない。もし、改革法二三条の採用手続のもとで行われた不当労働行為について、その救済が実質的に否定されるような結果になれば、同条自体が憲法二八条、ILO九八号条約、国際人権A規約に違反するといわなければならない。
2 労組法七条の「使用者」の意義
(一) 不当労働行為救済制度の目的と使用者の概念
労組法七条の「使用者」については、労働基準法一〇条のような定義規定を置いていないため、解釈に委ねざるを得ない。
労組法は、「労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること、労働者がその労働条件について交渉するために自ら代表者を選出することその他の団体行動を行うために自主的に労働組合を組織し、団結することを擁護すること並びに使用者と労働者との関係を規制する労働協約を締結するための団体交渉をすること及びその手続を助成すること」を目的とし(一条)、不当労働行為救済制度も、右目的に沿って、労働者が団体交渉その他の団体行動のために労働組合を組織し、運営することを擁護すること並びに労働協約の締結を主たる目的とした団体交渉を助成することにあると解される。したがって、その「使用者」の概念も当然のことながら、労働者の団結権及び団体行動権の保護の観点から合理的に解釈されなければならない。
「使用者」の意義について、学説には解釈に広狭がみられるものの、労働者と労働契約関係が存する相手方に限られるものではないことに異論をみない。裁判例も同様であり(最高裁第一小法廷昭和五一年五月六日判決・民集三〇巻四号四〇九頁(油研工業事件)、最高裁第一小法廷昭和六二年二月二六日裁判・裁判集民事一五〇号二六三頁、判例時報一二四二号一二二頁(阪神観光事件)、最高裁第三小法廷平成七年二月二八日判決・民集四九巻二号五五九頁(朝日放送事件))、労働委員会命令例もまた同様である。とくに、労働委員会は、従来から、営業譲渡、合併あるいは倒産などにあたり、営業譲渡を受けた会社、合併の相手方会社あるいは新設会社について、形式上は法人格が異なっていても、事業の内容、形態、株式の所有者、役員・従業員の構成、資産・債務関係、労務姿勢などを比較検討し、旧会社と新会社との関係からして、労使関係を承継したあるいは承継するものと認められる場合は、営業譲渡を受けた会社や合併先の会社、倒産後の新設会社を当該労働者の「使用者」として救済命令の名宛人としてきた。労働委員会はこのような手法(いわゆる実質的同一性の理論)は、不当労働行為救済制度の目的と当事者の衡平を十分にわきまえた取扱いとして広く承認されている。
右の裁判例や労働委員会命令例は、講学上「使用者概念の拡張」といわれるものであり、これは、労働組合を嫌悪して行われたことが明らかな行為があり、かつ実質的にその責任を果たすべきことが明白な者について、法人格の違いを理由に責任逃れを許して法的正義に反しないかということに由来するものである。本件では、数千人にも及ぶ国労組合員が、国労組合員の故に承継法人に採用されなかったのであるが、改革法二三条の規定故に原告らには一切責任がなく実質的な救済はできないということになれば、法的正義に反するといわざるを得ない。
(二) 採用と不当労働行為
本件のように、企業が労働者の組合所属や組合活動を理由に採用を拒否した場合に、当該企業が労組法七条の「使用者」として不当労働行為責任を負うかどうかについて、「使用者」の範囲を広く解する立場からは当然に肯定され、狭く解する立場に立ったとしても、将来の労働契約の成立の現実性、可能性の如何によっては肯定される。労働省労政局の行政解釈も同様で、もし同条に該当するような行為がなかったならば、客観的にみてその労働者との雇用関係が成立すべきであると判断されうる者は「使用者」にあたるとしている。裁判例、労働委員会命令例も同旨である(東京地裁昭和二八年一二月二八日判決・労民集四巻六号五四九頁(万座硫黄事件))。
本件において、設立委員は、国鉄職員との労働契約が成立する以前から国鉄職員の団結権などに具体的な影響力を行使できる権限を有しており、また、国鉄が作成した採用候補者名簿に記載された国鉄職員は、全員承継法人の職員として採用されているのであって、もし、国鉄による採用候補者の選定及び名簿の作成過程において、国労組合員であるが故に本件救済申立対象者全員を名簿に記載しないという不当労働行為がなかったならば、本件救済申立対象者全員が原告らの職員として採用されていたことは明らかである。したがって、原告らの設立委員は、国鉄職員あるいは国労との関係において、労組法七条の「使用者」にあたるというべきである。
3 原告らの不当労働行為責任(その1)
原告らの設立委員は、改革法二三条の解釈によって、本件四月採用に関する不当労働行為責任を負い、原告らもその責任を負うというべきである。
(一) 改革法二三条の構造
改革法二三条は、採用主体としての設立委員と募集対象たる国鉄職員との間の労働契約成立に向けての手続を規整したものと解される。そして、同条は、この手続過程に当事者以外の第三者である国鉄が一定の関与をすることを規定しているが、これは右当事者間の私法上の契約成立に向けた手続過程の一環にほかならない。そもそも、同条一項、二項の事務を国鉄を通じて行わせることにしたのは、承継法人の職員の対象が国鉄職員に限定され、国鉄がその職員を掌握しているという実態からする便宜的手段にほかならないのであって、同法はそれを明示したにすぎず、同法の文理上もことさらに設立委員の権限外の事項として設立委員の権限と切り離したなどというような性格のものではない。
ところで、一般に労働者の採用は、労働条件等を提示しての募集(申込みの誘引)、応募(申込み)、応募者の選考、採用決定とその旨の通知(申込みに対する承諾)という手順を踏み、これらは採用という労働契約の成立を目的とした一連かつ不可分の行為であって、改革法二三条の採用手続も右のような一般的契約理論を基礎に構成されている。そして、同条二項の国鉄による採用候補者の選定及び名簿の作成行為は、採用プロセスにおける企業側の内部的事実行為たる応募者の選考の一過程にすぎず、それは本来、採用主体である設立委員が自ら行うべき性格のものである。このような国鉄の選考行為への関与を契約成立過程の中で採用主体である設立委員との関係において意味のある行為として位置づけるならば、それは少なくとも設立委員が内部において行うべき性格の行為を、国鉄が設立委員のためにそれを手伝う、すなわち、補助者ないし受任者として選考行為を行うとみるのが最も自然である。改革法二三条は、右のような理解において設立委員の行う選考行為を手伝う者として国鉄を指名したのである。
このように、設立委員が労働条件及び採用の基準を策定したうえ、「国鉄を通じ」てこれを提示して職員の募集を行うとする改革法二三条一項は、採用行為の主体が設立委員であることを明示するとともに、設立委員が自らの権限である採用行為の一環としての募集を国鉄に補助させて行わせるという構造である。そして、同条二項の国鉄による意思確認、選定、名簿作成は、この募集に付随し、これに引き続く事実行為であって、意思確認は募集の一環であるし、選定及び名簿の作成は採用候補者決定事務の一環として、いずれも設立委員の採用権限に属する内部行為を事実上行うにすぎない。また、国鉄が作成した名簿を設立委員に提出するのは、もともとの権限主体に結果を報告する性格のものである。そして、これらの手続を経て、最終的な採用決定通知は、本来の採用主体である設立委員がこれを行い、労働契約の成立として完結するのである(同条三項)。
改革法二三条を右のように理解すべきことは、国会審議等を通じて設立委員はもとより、国鉄も認識していたところであり、かつ、かかる認識に基づいて改革法二三条が一回限り実施、適用されたのである。このことは、承継法人の職員の採用手続過程の実態、とくに、設立委員会が国鉄総裁や国鉄の職員局から派遣された国鉄職員等によって構成され、採用の基準の策定、承継法人の労働条件の決定、職員の募集、採用者の決定、採用通知、採用予定者の承継法人における職種、職場の配属決定及びその通知、承継法人の就業規則、労働協約案の作成などの実務作業を担当したことや、国労からの団体交渉の申入れに対する国鉄の対応や不採用通知の際の国鉄の国労組合員に対する対応などから裏づけることができる。
(三) 設立委員の権限と責任
設立委員が承継法人の職員の採用について最終的な権限を有することは、原告らの認めるところである。そして、右に述べた改革法二三条の構造を併せ考えれば、設立委員は、国鉄の設立委員の補助者ないし受任者の立場で事実行為として作成した採用候補者名簿の内容については、これを自ら行ったものとして法的責任を負うというべきである。
4 原告らの不当労働行為責任(その2)
本件四月採用に関して、国鉄のした行為は、設立委員のそれと同視されるべきであるから、原告らの設立委員は、本件四月採用に関する不当労働行為責任を負い、原告らもその責任を負うというべきである。
(一) 労働委員会は、これまで第三者の行為を労組法七条の「使用者」の行為と評価して不当労働行為の成立を認めてきており、学説からも承認されている。そこで、国鉄の行為を設立委員の行為と評価できるかどうかを検討する、①国鉄は鉄道会社の唯一の株主であり(会社法附則五条)、②鉄道会社の共通設立委員一六名のうち一名は国鉄総裁であり、同人は設立委員を代表する権限を有していると同時に、国鉄の代表者でもある(国鉄法一三条一項)、③承継法人の設立事務にあたった設立委員会の職員の多くは国鉄職員であり、設立委員が行うべき承継法人の内部規定や就業規則、労働協約は国鉄が作成するなど、設立委員会事務局と国鉄とは一体性を有していた、④設立委員である国鉄総裁は、国鉄のした採用候補者の選定及び名簿の作成過程、すなわち、不当労働行為をすべて把握していたし、実務レベルでも、設立委員会の事務局職員の大半が国鉄職員であったから、設立委員は、国鉄による採用候補者の選定及び名簿の作成がいかなる基準で行われたかを現実に把握していたのである。
(二) 右に述べた国鉄と設立委員との関係や採用候補者の選定及び名簿の作成過程における設立委員と国鉄の関わり合いからすれば、国鉄の行為を労組法七条の「使用者」たる設立委員の行為と評価して設立委員にその責任を負わせるのは当然というべきである。
なお、付言すれば、国鉄の行った採用候補者の選定及び名簿の作成は、承継法人の職員採用の選考経過そのものであり、これによって利益を得るのは設立委員である。「利益あるところに責任あり」とする報償責任の考え方は、今日広く承認されているのであって、国鉄の行為によって利益を得た設立委員は、国鉄の行為による責任を負うのは当然である。
5 原告らの不当労働行為責任(その3)
(一) 本件四月採用に関して、いわゆる実質的同一性の理論によって原告らが不当労働行為責任を負うかどうかは、新旧会社の①事業、業務内容、②株式所有関係、③役員、管理職の人的関係、④財産、権利関係、⑤従業員の同一性を基準に判断すべきである。
(二) 本件では、次のような事実を指摘することができる。
まず、事業の内容、形態の同一性をみると、原告らは、承継される地域が北海道に限定されたり、あるいは事業が貨物鉄道事業に限定されたとはいえ、国鉄の事業等を引き継いでいる。次に、資産、施設関係の同一性をみると、改革法一九条ないし二二条は、原告らを含む承継法人は、鉄道事業及びそれに附帯する事業に必要な国鉄資産を承継する旨を規定しており、現に原告らは、その事業に必要な資産のすべてを国鉄から引き継いでいる。次に、株式関係をみると、国鉄は政府が一〇〇パーセント出資の公社であった(国鉄法二条、五条一項)のに対し、原告らは、その発行済株式総数のすべてを国鉄が引き受けており(会社法附則五条)、現在もなお、国鉄から移行した清算事業団がこれを保有している。次に、役職員や従業員、労働条件、労務政策の同一性をみると、原告ら発足時の役員のほとんどは国鉄幹部によって占められ、とくにJR北海道発足時の代表取締役社長は国鉄道総局長、常務取締役は道総局次長であった。また、部課長も国鉄の幹部職員でその大半は道総局の幹部で、現場管理者もすべて国鉄の区長、駅長、助役等であるし、他の職員も全員国鉄職員であった。労働条件についても、退職手当、有給休暇の算定基礎となる在職期間に国鉄時代の在職期間を含めること、承継法人成立時の職員の賃金は国鉄時代の賃金水準を維持すること、一週平均の労働時間は国鉄時代の四〇ないし四八時間を維持することなど、国鉄時代の労働条件が原告らに承継されている。労務政策についても、原告らは国労を敵視して「一企業一組合」という目標を掲げており、国鉄分割民営化の過程における国鉄の労務政策と全く変っていない。さらに、改革法施行法二九条一項は、改革法施行前に国鉄が行った懲戒処分の効力は、国鉄を退職して承継法人に採用された後も継続し、改革法施行前の規律違反行為にかかる事案に対しては、清算事業団から委任を受けた承継法人が懲戒処分を行う規定している。
(三) 以上によれば、国鉄と原告らは実質的な同一性を有することは明らかであり、原告らは、本件四月採用に関する不当労働行為責任を負うというべきである。
6 原告らの主張に対する反論
(一) 原告らは、ことさら自己責任の原則を持ち出し、本件四月採用に関して、改革法上、国鉄は、設立委員の指揮監督を受けることなく、独自の権限として承継法人の職員の採用候補者の選定及び名簿の作成したことを強調して、設立委員は不当労働行為責任を負わない旨主張する。
しかしながら、自己責任の原則は、近代資本主義経済が発展した今日ではもはや古典的な理論というほかなく、到底現代社会における法律問題を検討する場合の法理とはならない。そもそも、本件四月採用に関する国鉄の不当労働行為について、設立委員にその責任が帰属するかどうかは、採用手続を定めた法規及びその手続の具体的経過を総合的に認定して判断されることは当然であり、改革法に設立委員の責任に関する明文の規定がないからといって、設立委員が何らの責任を負わないということにはならない。また、二つの法主体それぞれが独自の権限で行った行為であっても、その権限の相互の関係やそれぞれの権限が付与された趣旨、それぞれの行為の具体的関わり方如何によっては、一方の法主体がした不当労働行為の責任を他方の法主体が負うべき場合があることは当然のことといわなければならない。
(二) 原告らは、仮に本件四月採用に関して国鉄が不当労働行為をしたとすれば、その責任は清算事業団との関係において処理されるべきである旨主張する。
しかしながら、不採用という団結権侵害の事実に対して清算事業団がそれを是正、回復させることは、清算事業団の目的、権限に照らして到底不可能である。しかも、本件救済申立対象者の大半は、平成二年四月一日付けで清算事業団を解雇されたのであるから、清算事業団に対して採用などの救済命令を発することは現実的に無意味である。
(三) 原告らは、東京高裁判決等を援用して、改革法二三条の解釈についての自らの主張を正当化する。
しかしながら、東京高裁判決等は、いずれも私法上の雇用契約関係の確認あるいは不当行為に基づく損害賠償を求めた事案に対する判断であるのに対し、本件は、労働委員会という行政機関による行政救済の当否をめぐる争いであり、そもそも適用される法理が異なっている。また、改革法二三条の解釈についても明らかに誤っており、その理由は既に述べたとおりである。したがって、原告らが東京高裁判決等を援用して自らの主張を正当化することは、当を得ないというべきである。
第二 不当労働行為の成否及び成立範囲(争点2)
一 参加人らの主張
1 不当労働行為の成立範囲に関する判断の誤り
中労委命令は、本件四月採用に関して、①国労が職場規律の是正に協力的でなかったなど、当時の国労組合員の行動にはそれが勤務評定に影響を与えることになっても無理からぬ側面もあったこと、②北海道地区では、原告らの定数枠と原告らへの就職申込者数からみて希望者全員が採用される客観的状況にはなかったことを根拠に、本件救済申立対象者の一部についてのみ不当労働行為の成立を認めた。
しかしながら、そもそも、国鉄における勤務評定は、職場規律の是正のみならず業務知識、技能などの総合判断であり、職場規律のみをとらえて国労組合員の勤務評定が他の労働組合所属の組合員のそれよりも低いと認定しうる合理的理由はない。加えて、中労委命令が認定した国鉄の各職場における職場規律の実態や、国労の在籍専従役員のうち国労を脱退して鉄産労に加入した者は採用され、国労にとどまった者は不採用になっていたり、職員管理調書の総合評価及び合計得点が同じか高い国労組合員は不採用になる反面、国労を脱退して鉄産労に加入した者はそれが同じか低くても採用されていることからすれば、国鉄は、職場規律の是正に協力的か否かではなく、国労組合員であるか否かで採用候補者の選定及び名簿への記載を決定したのであって、職場規律の是正への協力度を理由に不当労働行為の成立範囲を限定するのは誤りといわざるを得ない。
また、中労委命令が認定した本件四月採用の北海道における組合所属別の採用予定者数や全体の採用率からすれば、本件救済申立対象者一七〇四名に現実に原告らに採用された国労組合員二三六四名を加えても、全体の採用率を下回るのであるから、希望者全員が採用される客観的状況にはなかったことを理由に不当労働行為の成立範囲を限定するのは誤りというべきである。
2 大量観察方法による事実認定の誤り
中労委命令は、①国鉄が強い国労嫌悪の意思を有していたこと、②鉄道労連所属の組合員は採用率99.4パーセントとほぼ全員採用されたこと、③国労の組合活動の先頭に立っていた役員でも、国労を脱退すれば採用されていることを認定し、加えて、④同じ企業体の集団間には、能力、勤労意欲、勤務態度等の評価に著しい格差を是認するほどの質的な差異は認められないのは通常であるとしている。したがって、いわゆる大量観察方法によれば、原告らが本件救済申立対象者について、国労に所属していなくても採用されなかったこと、すなわち、採用された鉄道労連や鉄産労所属の組合員のうち、勤務成績において最低の評価を受ける者よりもさらに低い評価を受けて然るべきことを立証しない限り、本件救済申立対象者全員が、いずれも国労に所属していなければ採用される者として救済を命ずるのは当然である。そして、原告らは、右の点の立証を何らしていないばかりか、本件救済申立対象者は全員、原告らに採用された他の労働組合所属の組合員と同等又は少なくともそのうちの最低の勤務評定を受ける者を下回らない程度の能力、勤労意欲、勤務態度等を有していたし、前記のとおり、国鉄職員の勤務評価は、職場規律の是正に協力的だったか否かのみで決せられるものではない。
したがって、中労委命令が不当労働行為の成立範囲を一部に限定したのは、誤りというべきである。
二 被告の主張
中労委命令は、労組法二五条、二七条及び労働委員会規則五五条に基づいて適法に発せられた行政処分であって、その理由は別紙二の理由欄に記載のとおりである。したがって、被告の認定した事実及び判断に誤りはない。
第三 救済方法の適否(争点3)
一 参加人らの主張
1 中労委命令は、本件の被害救済として、適切性、妥当性を欠く著しく不合理な救済方法を命じており、裁量権の濫用であって違法である。
2 救済対象者数の限定
中労委命令は、救済対象者の範囲を清算事業団離職者に限定し、その理由として、①本件救済申立対象者の中には、清算事業団在籍中に自らの意思で清算事業団を退職した者も相当数含まれていること、②国鉄改革の趣旨や官民協力のもとでの再就職推進の経緯などを挙げている。しかしながら、不当労働行為救済制度の目的に照らせば、本件四月採用の場合には採用取扱いという事実状態を実現する以外にはない。また、中労委命令が挙げる「自らの意思で退職した」との点は、救済利益の放棄又は不存在を根拠にするものと考えられるが、救済利益は、積極的な権利利益放棄の意思表示がない限りは失われず(最高裁第三小法廷昭和六一年六月一〇日判決・民集四〇巻四号七九三頁。朝日ダイヤモンド事件)、清算事業団離職者を除く本件救済申立対象者で右のような意思表示を行った者がいないことは明らかである。さらに、中労委命令が挙げる国鉄改革の趣旨、経緯の点は、何故にそれが救済対象者を限定する根拠となりうるのか全く不可解というほかない。
3 採用方法
中労委命令は、原告らへの採用希望者の中から公正な選考等を経た者の採用取扱いを命じている。しかしながら、不当労働行為救済制度の目的に照らせば、救済方法として著しく迂遠であり、適切性・妥当性を欠く。そもそも、国鉄時代の国労敵視政策を引き継ぐ原告らに採用者の選考権限を与えること自体問題であるし、少なくとも採用者数を明示するなどしなければ、不当労働行為によって生じた事実状態の是正にはならない。中労委命令は、主文Ⅰ項の3の報告及び命令違反による制裁措置(労組法三二条)によって選考の公正さを確保しようとするものと考えられるが、その実効性は疑わしいといわざるを得ない。
4 就労の開始時期
中労委命令は、就労開始時期を命令交付日から三年以内としている。しかしながら、これは救済を著しく遅延させるとともに、後記5のバック・ペイの減額と相俟って救済の実効性を著しく弱めるものといわざるを得ない。
5 バック・ペイ
中労委命令は、道労委命令が命じたバック・ペイを減額したが、減額する合理的な理由は何ら存在しない。
二 被告の主張
争点2で述べたのと同様である。
第四章 当裁判所の判断
第一 本件の審理経過
当裁判所は、審理を進めるにあたり、他の争点に先立ち、本件四月採用に関し、原告らの設立委員、ひいては原告らが労組法七条の「使用者」として国鉄の行った不当労働行為責任を負うか否かという争点について判断を示さなければ、その余の争点に関する証拠調べの必要性の有無が定まらないなど、それ以上の審理が進められないことから、甲事件及び乙事件を併合して原告らの使用者性の有無に限定して審理を行うこととし、それに必要な証拠調べを集中的に行ったうえ、一旦弁論を終結した。
当裁判所は、これらの審理経過を踏まえ、次のとおり判断を示すものである。
第二 原告らは、本件四月採用に関して労組法七条の「使用者」として国鉄の行った不当労働行為責任を負うか(争点1)。
一 改革法二三条の解釈と労組法七条の使用者性
1 国鉄改革関連八法の概要
(一) 国鉄改革関連八法の基本的な考え方
国鉄改革関連八法は、前記争いのない事実等によれば、国鉄による鉄道事業の経営が巨額の累積債務を抱えて破綻し、当時の公共企業体である国鉄による全国一元的経営体制の下においては、その事業の適切かつ健全な運営を確保することが困難となっている事態に対処するため、監理委員会が、政府に対して提出した、①国鉄事業の分割民営化、②新事業体発足時の要員規模、③余剰人員は再就職を必要とする職員として国鉄の清算法人的な組織に所属させ三年間で転職させるなどの答申に沿って、政府が国鉄改革を実施するため国会に提出して成立した法律である。
そして、右の経緯に鑑みれば、国鉄改革関連八法の基本的な考え方は、国鉄の鉄道事業等の経営が破綻し、効率的で輸送需要の動向に的確に対応しうる新たな経営体制を実現するための経営形態の抜本的な改革として、国鉄の事業を六旅客会社、一貨物会社などの複数の事業体に分割するとともに、国鉄の抱える膨大な余剰人員の可及的解消を図ることにあったものと認められる。
(二) 国鉄の事業の引継ぎと権利義務の承継に関する規定
(1) 改革法、会社法及び清算事業団法は、国鉄の事業の引継ぎと権利義務の承継について、概ね次のとおり規定している。
ア 国は、国鉄が経営している旅客鉄道事業について、その事業の経営を分割するとともに、経営組織を株式会社とし(改革法六条一項)、右事業を経営する旅客会社として、北海道、東日本、東海、西日本、四国及び九州の各旅客会社を設立し、同法の定める地方において国鉄が経営している右事業を当該旅客会社に引き継がせる(同条二項)。また、国鉄が経営している貨物鉄道事業について、その事業の経営を旅客鉄道事業の経営と分離するとともに、経営組織を株式会社とし(同法八条一項)、右事業を経営する貨物会社を設立し、国鉄が経営している右事業を貨物会社に引き継がせる(同条二項)。
イ 運輸大臣は、国鉄の事業等の引継ぎ並びに権利及び義務の承継等に関する基本計画を定め(改革法一九条一、二項)、国鉄に対し、各承継法人ごとに、その事業等の引継ぎ並びに権利及び義務の承継に関する実施計画を作成すべきことを指示し(同条三項)、国鉄は、右指示があったときは、基本計画に従い実施計画を作成し、運輸大臣の許可を受けなければならない(以下、右認可を受けた実施計画を「承継計画」という。)(同条五項)。
ウ 承継計画において定められた国鉄の事業等は、承継法人の成立の時において、それぞれ承継法人に引き継がれるものとし(同法二一条)、承継法人は、それぞれ、その成立の時において、国鉄の権利義務のうち承継計画において定められたものを、承継計画において定めるところに従い承継する(同法二二条)。
エ 国は、国鉄が承継法人に事業等を引き継いだときは、国鉄を清算事業団に移行させ、承継法人に承継されない資産、債務等を処理するための業務等を行わせるほか、臨時にその職員の再就職の促進を図るための業務を行わせる(改革法一五条、清算事業団法一条)。
オ 実施計画に記載すべき「承継法人に承継させる権利及び義務」から労働契約関係は除外され(改革法一九条四項)、承継法人の職員は、設立委員等が国鉄を通じて募集する(同法二三条一項)。
カ 昭和六二年四月一日、原告ら承継法人が成立し(会社法附則九条、改革法附則一項、二項)、同時に国鉄の権利義務のうち承継計画に定められたものが承継法人に承継される(改革法二二条)とともに、国鉄は清算事業団となり(同法附則一項、二項、清算事業団法附則二条)、承継法人に承継されない国鉄の権利義務は、清算事業団に帰属する(改革法一五条、清算事業団法一条)。
(2) 右の諸規定を総合的、合理的に解釈すれば、改革法は、従来の国鉄と国鉄職員との労働契約関係を承継法人に承継させることなく、承継法人の職員については、設立委員等が国鉄を通じて新規に募集することとしたもので、承継法人に採用されなかった国鉄職員との労働契約関係については、承継法人に事業等を引き継いだ後の国鉄が、法人格の同一性を有したまま組織及び名称が変更される清算事業団との間でそのまま存続させることとしたということができる。これは、日本専売公社及び日本電信電話公社の各民営化の際、新会社である日本たばこ産業株式会社及び日本電信電話株式会社が成立すると同時に右各公社はそれぞれ解散し、一切の権利義務が新会社に包括承継されるとともに、右各公社の職員は、新会社の成立の時に新会社の職員となるとされていること(日本たばこ産業株式会社法(昭和五九年法律第六九号)附則一二条一項、一三条一項、日本電信電話株式会社法(同年法律第八五号)附則四条一項、六条一項)とは対照的であるが、国鉄改革においては、国鉄の抱える膨大な余剰人員の可及的解消を図るため、法律によって国鉄と国鉄職員との労働契約関係は承継法人に承継させず、承継法人との間に新たな労働契約関係を創設することにしたと解される。
もっとも、この点について、承継法人の職員として採用された国鉄職員の退職手当等の通算規定(改革法二三条六項、七項)が存在するが、国家公務員から地方公務員になる場合にも同様の規定(国家公務員退職手当法一三条)がみられるから、労働契約関係は承継されないという右の解釈の妨げとなるものではない。また、清算事業団法一七条は、清算事業団の職員は理事長が任命すると規定するが、右規定は、承継法人の職員に採用されなかった国鉄職員に関する従来の国鉄との労働契約関係が、そのまま清算事業団との間に存続することを否定する趣旨ではないことは、改革法及び清算事業団法の諸規定に照らして明らかであるうえ、理事長による任命行為は、承継法人に採用されなかった国鉄職員との労働契約関係について、国鉄から法人格を同一にして組織及び名称を変更した清算事業団との間にそのまま存続することを確認する事務手続上の理由に基づくものと解することができるから、右の解釈を左右するものではないというべきである。
(三) 承継法人の職員の採用に関する規定
(1) 改革法及び会社法は、承継法人の職員の採用について、概ね次のとおり規定している。
ア 運輸大臣は、各鉄道会社ごとに設立委員を任命し、当該鉄道会社の設立に関して発起人の職務を行わせ(会社法附則二条一項)、設立委員は、改革法二三条に定めるもののほか、当該法人がその設立時において事業を円滑に開始するために必要な業務を行うことができる(会社法附則二条二項)。
イ 国鉄職員のうち承継法人の職員となる者の総数及び承継法人ごとの数は、運輸大臣が基本計画において定める(改革法一九条二項三号)。
ウ 承継法人の設立委員は、国鉄を通じ、その職員に対し、それぞれの承継法人の職員の労働条件及び採用の基準を提示して、職員の募集を行う(改革法二三条一項)。
エ 国鉄は、右労働条件及び採用の基準が提示されたときは、承継法人の職員となることに関する国鉄職員の意思を確認し、承継法人別に承継法人の職員となる意思を表示した者の中から、当該承継法人にかかる右採用基準に従い職員となるべき者を選定し、その名簿を作成して、設立委員に提出する(同条二項)。
オ 承継法人の労働条件の内容となるべき事項及び提示の方法、国鉄職員の意思確認の方法その他改革法二三条一項ないし三項の実施に関して必要な事項は、運輸省令で定めることとし(同条四項)、これを受けて改革法施行規則は、労働条件の内容となるべき事項、提示の方法及び意識確認の方法について規定する(九条ないし一一条)ほか、改革法二三条二項の名簿の記載事項及び添付資料について規定している(一二条)。
カ 改革法二三条二項の名簿に記載された国鉄の職員のうち、設立委員から採用の通知を受けた者で、改革法附則二項の規定の施行の際(昭和六二年四月一日、同法附則一項)、現に国鉄職員である者は、承継法人の成立の時において、当該承継法人の職員として採用される(改革法二三条三項)。
キ 承継法人の職員の採用について、当該承継法人の設立委員がした行為及び当該承継法人の設立委員に対してなされた行為は、それぞれ、当該承継法人がした行為及び当該承継法人に対してなされた行為とする(同条五項)。
(2) 右の諸規定によれば、改革法二三条の規定する承継法人の職員に関する設立委員の権限は、商法上の会社設立の際の発起人が、原始定款に記載されその他法定要件を充たした財産引受以外のいわゆる開業準備行為をなしえず(最高裁第三小法廷昭和三八年一二月二四日判決・民集一七巻一二号一七四四頁参照)、従業員の採用が発起人の権限には含まれないとされていることからすれば、改革法によって特別に付与された権限であると解される。そして、承継法人の職員の採用手続において、設立委員は、新規に採用する職員の募集を国鉄を通じて労働条件及び採用の基準を提示して行い、これを受けて国鉄が、国鉄職員に関する資料を有してその事情を把握しているうえ、短期間に大量の事務を処理する必要性もあることから、職員に対する意思確認、採用基準に従った選定と名簿作成の各事務を行うこととされ、その後、設立委員は、国鉄が作成した名簿に記載された者の中から職員として採用すべき者を決定し、採用通知を発するものと解される。また、承継法人における労働契約関係の創設は、右のアないしカの過程を経て段階的に行われるものとされ、かつ、各段階における設立委員及び国鉄の権限の範囲並びにその主体がそれぞれ法定されているのであって、相互に他の者の権限の行使についてこれを規制しうる規定は存在しない。したがって、右エの国鉄による採用候補者の選定及び名簿の作成は、専ら国鉄の権限と責任に委ねられたものであり、国鉄が、設立委員の権限に属する採用候補者の選定及び名簿の作成行為を補助ないし代行しているものと解することはできないし、また、設立委員においては、国鉄が作成した名簿に記載された者の中からさらに選別して採用者を決定する権限は有するものの、名簿に記載されなかった国鉄職員についてこれを採用する権限はなかったものと認められる。
2 そこで、国鉄の行った採用候補者の選定及び名簿の作成の過程に不当労働行為に該当する行為があった場合に、設立委員、ひいては原告らが労組法七条による使用者としての責任を負うか否かについて判断する。
労組法七条の使用者は、一般には労働契約上の雇用主をいうものであるが、同条が団結権の侵害に当たる一定の行為を不当労働行為として排除、是正して正常な労使関係を回復することを目的としていることに鑑みると、雇用主以外の事業主であっても、自己の業務に従事させ、その労働者の基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある場合には、その限りにおいて、右事業主は同条の使用者にあたるものと解される(最高裁第三小法廷平成七年二月二八日判決・民集四九巻二号五五九頁参照)。しかしながら、右1で検討したとおり、承継法人の職員採用手続に関し、設立委員には国鉄に対して職員の募集にあたってその労働条件と採用基準を提示する権限及び国鉄から提出された名簿に記載された者の中から採用者を決定する権限があるにすぎず、採用候補者の具体的な選定行為及びこれに基づく名簿作成行為自体は国鉄がその責任と権限に基づいて行うことが改革法二三条により定められているうえ、設立委員において国鉄が行使する右権限を規制しうる規定も存在しないことを併せ考慮すれば、設立委員は、採用候補者の具体的選定及びこれに基づく名簿作成過程を、現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にはなかったものと認められる。したがって、本件四月採用に関して国鉄の行った採用候補者の選定及び名簿作成の過程に不当労働行為に該当する行為があったとしても、その行為に関する労組法七条の使用者としての責任は、専らこれを行った国鉄が負うべきものであって、設立委員、ひいては原告らがその責任を負うべきものではないといわざるを得ない。
二 補助機関論の主張について
1 被告は、承継法人の職員の採用に関する設立委員と国鉄との関係は、本来設立委員のなすべき手続の一部を国鉄に委ねたもので、国鉄の立場は設立委員の補助機関の地位にあったと解釈すべきである旨主張する。
しかしながら、改革法二三条は、承継法人における労働契約関係の創設を段階的に行うものと定め、かつ、各段階における設立委員及び国鉄の権限の範囲並びにその主体を法定しているものと解すべきであるから、承継法人の職員の採用に関する最終段階の権限と責任が設立委員にあるからといって、各段階における手続のすべてについて設立委員がその責任を負うことにはならない。また、改革法の立法過程における大臣等の答弁は、法案説明のために便宜的に用いられたものにすぎず、厳密な意味で設立委員と国鉄との法的関係を定立するものとはいえないし、前記のとおり、設立委員の権限は、改革法によって特別に付与されてその範囲も法定されていることに鑑みれば、本来設立委員のなすべき手続の一部を国鉄に委ねたもので、国鉄は設立委員の補助機関の地位にあったとする被告の主張は採用できない。
2 参加人らは、改革法二三条は、採用主体としての設立委員と募集対象たる国鉄職員との間の労働契約成立に向けての手続を規整したもので、国鉄による採用候補者の選定及び名簿の作成は、採用プロセスにおける企業側の内部的事実行為たる応募者の選考の一過程にすぎず、本来採用主体である設立委員が自ら行うべき性格のものであるから、国鉄が補助者ないし受任者としてこれを行うとみるのが最も自然であり、改革法二三条は、右のような理解において設立委員の行う選考行為を手伝う者として国鉄を指名したのであり、このことは、国会審議等を通じて設立委員はもとより、国鉄も認識していたし、承継法人の職員の採用手続過程の実態などからも裏付けることができる旨主張する。
確かに、改革法二三条は、承継法人の職員の採用主体である設立委員とその対象となる国鉄職員との間の労働契約の成立に向けた手続を定めたものであるが、その労働契約関係の創設にあたっては、民法等の一般的な契約理論を排除して、改革法二三条により承継法人の職員の採用手続を特別に定めたものであり、設立委員の権限も、改革法によって特別に付与され、採用手続の各段階における設立委員及び国鉄の権限の範囲並びにその主体も法定されているのであるから、通常の企業の新規採用と対比してみて、国鉄による採用候補者の選定及び名簿の作成が、採用過程における企業側の内部的事実行為である応募者の選考の側面があることは否定できないとしても、これをもって本来設立委員が自ら内部において行うべき性格のものであるということはできない。また、改革法の立法過程における大臣等の答弁、設立委員及び国鉄の認識、さらには承継法人の採用手続過程の実態などが参加人らの主張するとおりであったとしても、改革法二三条の前記解釈を左右するものではないというべきである。
なお、参加人らは、国鉄と設立委員との関係や採用候補者の選定及び名簿の作成過程における設立委員と国鉄の関わり合いからすれば、国鉄の行為を労組法七条の「使用者」たる設立委員の行為と評価して設立委員にその責任を負わせるのは当然である旨主張する。しかしながら、参加人らの右主張は、要するに国鉄が設立委員の補助者ないし受任者、代行者の地位にあることを言い換えているにすぎず、国鉄の地位を右のように解することができないのは既に述べたとおりであるから、参加人らの主張は採用することができない。
三 実質的同一性の主張について
参加人らは、いわゆる実質的同一性の理論を援用し、本件では国鉄と原告らは実質的同一性を有するから、原告らは本件四月採用に関する不当労働行為責任を負う旨主張する。
この実質的同一性の理論は、旧会社の解散が不当労働行為であると認められる場合に、新設会社を名宛人として救済命令を発することを肯定するための理論として、労働委員会を中心に採用されてきたものであるが、旧会社の解散と新会社の設立が組合壊滅の目的その他違法又は不当な目的に出た場合に適用することを想定したものと考えられ、新旧両会社との間に単に実質的同一性が肯定されれば、直ちに新会社が救済命令の名宛人となることを肯定するものではない。
そこで、本件について検討するに、原告らを含む鉄道会社の設立及び国鉄の清算事業団への移行を定めた国鉄改革関連八法は、全国民を代表する国会によって可決、成立したものであり、しかも、その立法の経緯は、国鉄の鉄道事業等の経営が破綻し、当時の公共企業体である国鉄による全国一元的経営体制の下では、その事業の適切かつ健全な運営を確保することが困難となっている事態に対処して、これらの事業に関し、輸送需要の動向に的確に対応し得る新たな経営体制を実現し、その下において我が国の基幹的輸送機関として果たすべき機能を効率的に発揮させることが、国民生活及び国民経済の安定、向上を図る上で緊急な課題であることに鑑み、これに即応した効率的な経営体制を確立するため、その抜本的改革としての基本的施策を法令によって定めたものである(改革法一条)から、右法令に基づく原告らの設立と国鉄の清算事業団への移行が、およそ違法又は不当な目的をもってなされたといえないことは明らかである。加えて、国鉄の事業が原告ら承継法人に引き継がれたとはいえ、その積極、消極のすべての資産が引き継がれたものではなく、国鉄の長期債務や土地などの資産の一部が清算事業団に帰属したほか、日本鉄道建設公団の資産、債務の一部が承継法人や清算事業団に承継されたことに鑑みれば、果たして国鉄と原告らとの間に実質的な同一性があるといえるのか自体にも疑問がある。したがって、本件四月採用に関して、原告らと国鉄との間に実質的同一性の法理が適用される理由はなく、参加人らの主張は採用することができない。
四 国鉄、ひいては清算事業団に対する救済命令の実効性の主張について
被告は、本件四月採用に関し、通常の事業の廃止等による会社の解散や破産の場合とは異なるし、また、清算事業団の目的及び業務の範囲が限定されていることから、救済命令の名宛人を清算事業団とすることは不適当である旨主張し、参加人らは、不採用という団結権侵害の事実に対して清算事業団がそれを是正、回復させることは、清算事業団の目的、権限に照らして到底不可能であり、また、本件救済申立対象者は、平成二年四月一日付けで清算事業団を解雇されたのであるから、清算事業団に対して採用などの救済命令を発することは無意味である旨主張する。
なるほど、前記争いのない事実等によれば、参加人らは、本件救済申立てにおいて、国鉄における原職又は原職相当職での採用取扱いを求めており、他方、清算事業団は、国鉄長期債務その他の債務の償還、国鉄の土地その他の資産の処分等の業務のほか、臨時に職員のうち再就職を必要とする者についての再就職の促進を図るための業務を行うこととされていること(清算事業団法一条、二六条)からすれば、清算事業団を名宛人として原職又は原職相当職での採用取扱いなどの救済方法を命じることは現実には不可能である。しかしながら、労組法二七条に基づく救済の申立てがあった場合において、労働委員会はその裁量により使用者の行為が同法七条に違反するかどうかを判断して救済命令を発することができると解すべきものではない(最高裁第二小法廷昭和五三年一一月二四日判決・裁判集民事一二五号七〇九頁、判例時報九一一号一六〇頁参照)ところ、原告らが労組法七条の使用者にあたらないことは先に判示したとおりであるから、被告が採用取扱いなどの救済方法を可能ならしめるために原告らを救済命令の名宛人、すなわち、労組法七条の使用者にあたると判断したのであれば、中労委命令は違法というほかない。また、国鉄の分割民営化という国鉄改革は、国の政策によって実施されたものではあるが、労組法の定める不当労働行為の救済制度との関係において、これを事業の廃止等による会社の解散や破産の場合と別異に解する理由はないし、労働委員会は救済方法の内容の決定について広汎な裁量権を有するとしても(最高裁大法廷昭和五二年二月二三日判決・民集三一巻一号九三頁参照)、これとても全く無制約なものではなく、法令上の制約を受けざるを得ないのであるから、国鉄、ひいては清算事業団に対する救済命令が、清算事業団の目的等に照らして一定の制約を受ける結果になったとしても、やむを得ないものというべきである。
五 憲法二八条、ILO九八号条約、国際人権A規約違反の主張について
参加人らは、改革法二三条の採用手続のもとで行われた不当労働行為について、その救済が実質的に否定されるような結果になれば、同条自体が憲法二八条、ILO九八号条約、国際人権A規約に違反する旨主張した。
憲法二八条は団結権、団体交渉権及び団体行動権の労働基本権(いわゆる労働三権)を保障し、ILO九八号条約一条は、反組合的差別待遇に対する保護についての規定を設け、国際人権A規約八条は、団結権及び同盟罷業権についての規定を設け、改革法等施行法一四四条による改正前の公営企業等労働関係法四条一項、八条は、国鉄職員に対して団結権及び団体交渉権を保障している。しかしながら、憲法二八条は、労組法等の法令により具体化された権利を超えて、労働契約関係の存続又は創設を強制しうる権利を保障しているものとは解されないし、前述のとおり、原告らは労組法上の使用者としての責任を負うべき立場にはないのであるから、このような者に対する権利まで保障したものと解することはできない。また、国鉄が本件四月採用に関して不当労働行為を行ったとしても、それに対する救済は国鉄、ひいては清算事業団との間でなされるべきもので、参加人らが一切救済が受けられないわけではないことに鑑みれば、改革法二三条が憲法二八条に違反するということはできず、ILO九八号条約、国際人権A規約に違反するということもできない。
なお、前記争いのない事実等によれば、国鉄は、採用候補者の選定及び名簿の作成について、承継法人の職員の採用は設立委員の権限に属し、国鉄には権限がないことを理由として、この点に関する国労からの団体交渉の申入れを拒否したことが窺われ、国鉄の右対応は正当とはいえないけれども、国鉄がこのように誤った対応をしたからといって、改革法自体に問題があるとはいえないし、設立委員、ひいては原告らがその言動の責任を追及されるいわれはない。
よって、参加人らの主張は採用することができない。
六 まとめ
以上のとおりであるから、本件四月採用に関して国鉄に不当労働行為に該当する行為があったとしても、原告らの設立委員は労組法七条の「使用者」にはあたらず、原告らのその責任を負わないというべきである。
第三 中労委命令の取消しの範囲
一 原告らは、本件四月採用に関して被告及び参加人らの主張する不当労働行為責任を負わないのであるから、中労委命令のうち、本件四月採用にかかる部分は、違法であって取消しを免れない。
二 ところで、被告は、本件六月採用も不当労働行為にあたると認定して救済命令を発しているが、本件四月採用が不当労働行為にあたることを前提として、救済内容を決定していることが認められ、そうすると、救済内容を考慮するための前提が誤っていることに帰するから、本件六月採用に関しては、被告において改めて不当労働行為の成否及び救済方法について判断を示すべきであり、当裁判所は、中労委命令のうち、主文Ⅰ項の1ないし6及びⅡ項はすべて取り消すこととする。
第四 参加人らの乙事件の請求について
甲事件について、原告らが本件四月採用に関して労組法七条の使用者として不当労働行為責任を負わないことを理由に中労委命令が取り消されて判決が確定したときは、中労委命令は当然にその効力を失うものである。そうすると、もはや参加人らが本件四月採用に関する中労委命令の取消しを求めることによって、回復すべき権利又は法律上の利益があるということはできない。
したがって、参加人らの乙事件の請求は、訴えの利益がないことに帰着するから、訴えを却下すべきである。
第五 結論
以上によれば、その余の主張について判断するまでもなく、原告らの甲事件の請求は、いずれも理由があるからこれを認容し、参加人らの乙事件の訴えは、不適法であるから却下して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官萩尾保繁 裁判官片田信宏、同島岡大雄は、転勤のため、署名押印することができない。裁判長裁判官萩尾保繁)
別紙<省略>